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 その他恋愛アドバイス

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ここでは恋愛偏差値には直接関連しないが、恋愛革命をするにあたって必要なことをここにのせていきたいと思います。
文章について指摘されることがあるが、これは小、中学生から内容が難しいと言われている事と、直接アドバイスとして話し掛けてる雰囲気を味わってもらいため、わざと口語言葉を入れながら書いている部分があります。ご了承ください。




     あなたはどうやって探しますか  
 森の中に宝箱があります。どうやって宝を取りに行きますか。という話をされたとしよう。そうしたらあなたはどう考えますか。宝ではなくても恋人が森の中で遭難したとか、大事な人が森の中にいて絶対に助けなくてはならないということになったらどう探したらいいのか考えるだろう。状況としては、森は一度入ると帰ってこられないような広い森で危険もたくさん潜んでいる。野獣もいるかもしれない。だが、自分が持っている道具や能力は何でもあるとしよう。
 
 まず、最初にどうしますか。普通だととにかく早く森の中へ行って助けようとするだろう。だが、何も森の状況を知らないままで入るというのは危険である。もしかしたら運よく近くに宝があるかもしれない。だが、逆に熊に襲われて死んでしまうということもある。死んだら助けるも何もない。

 こういう考え方もある。森へ入る前に森の状況を知るため、ヘリコプターで森を空から眺めるという方法がある。そうすれば森の大きさはどれくらいなのか、どこに危険が潜んでいるのか、もしかしたら目的とするものが見えるかもしれない。そして空から様子を見た後、安全区域を通りながら目的の所まで簡単に行けるだろう。

 この2つの考え方には大きな相違点がある。それは視点の広さである。一つ目の方は何も知らない状態で行っているので、実際どこに何があるか分からずゴールに着く前に何かの危険に遭う可能性も高い。森という所にとにかく一歩一歩進もうとしているのだ。確かにすぐ森へ入ってすぐ見つかればそれでいいのだが、それはたまたま運がよかっただけである。ではその運を口で説明しろといってもすることはできない。運も実力のうちとも言うがそれ以前の話である。もう一回同じことがあったら、同じようにできないだろう。
 
 ところが、2つ目の方は一度森の様子空から見てどういう状況になっているのかを察知して、それから森へ入る。その森の全体像を見てから行動へと進めている。そうすれば最短距離で進めて、しかも危険なところは避けて行くだろう。もしかしたら空からオアシスや小屋を見つけることができて、一度森へ出なくても2日がかりで行くこともできるだろう。
 
 これを普段の生活から考えると計画的に何事も考えられるか、考えられないか。考え方としての視野が広いのか狭いのかがわかる。専門用語だとマクロ、ミクロという話になっていくのだが。恋愛からみると外見判断は前のパターン、内面判断は後ろのパターンである。恋愛偏差値から見ると最初に森を空から見る人が偏差値の高い人、いきなり森から入る人はナンパ人間や地元主義だ。この例は壁にぶち当たった時の考え方で比較することが多い。いきなり森から入ることも何かを学ぶためには必要なことでもあるが、確実にそして安全に目的を達成するには、広い視野から最短コースで行くことができる方が賢明なのである。
2008/9/5 (Tue)



   やる気と気持ち   
 新聞のチラシに入っている求人広告を見ると、「やる気のある方募集、あなたの気持ち次第で給料アップ」というのがよく書かれている。もしくはスポーツの試合でここは気持ちの勝負だということも言われる。では、実際にこれはどういう意味なのか。

 事例を挙げると、暴走族だった人が彼女に振られて大学受験を目指し、見事合格をして今では人気NO1の予備校講師になっていると言う話。細かいことはさておき、彼女に振られチクショーと思い、大学合格することで見返してやるという気持ちが結果へとつながった。普通、別れ文句を言われたことに対し悔しいと思い、自分の足りないものに気づいてそれを修正しようとするだろう。そのことが絶対に無理なことでもその気持ちがどれだけ強くもてたかによって、その言われたことや自分で設定した目標が達成できるかどうか決まる。

 スポーツ界の話は例にしやすい。ボクシングで有名な亀田3兄弟。あれは親の指導により力をつけてきた。親は子供達に、「なにくそと思う気持ちでやれ。」と言う。これは自分が強くなっていく中、すべてをKO勝ちにできるまでのツールとしてアドバイスをしているのである。そして絶対にKO勝ちしてやるという気持ちが練習量+αの結果としてつながっているのである。

 第88回夏の高校野球の決勝は、37年ぶりの引き分け再試合となった。優勝した早稲田実業のピッチャーは引き分け再試合になるまでに3日連続一人で投げており、4連投となってしまう再試合ではもう投げられないのという状態であった。しかし、再試合も一人で投げきり優勝した。ここまでくると過去の練習量や実績、疲れの問題ではない。疲れがピークに達している中でも勝ちたい、投げたいという気持ちが勝利につながったのである。執念と言ってもいい。あの感動は野球ファンのみならず、見た人誰もが感動を覚えただろう。

 レスリングで有名なアテネオリンピックでメダルを獲得した浜口選手。あれも親との2人3脚でやってきた。最も有名なのは、「
気合だ〜!!!」という叫び。あれも気合だと言うことにより精神力を高め、試合で勝つぞという気持ちを高めている。気合と言うのは気持ちを高める際の一つの過程や外見的に証明できるものである。

 では逆に、気持ちがない人の例を挙げよう。そういう人にありがちなパターンとしてつねに一生懸命ではないということと自己中や気分屋という面もあること。そしてあまり刺激のある生活をしていないこと。そういう人と接していると力はあったとしても、態度を見るだけで何かパッとしない感じになる。これが態度で出てしまうと職場ではすぐに切られてしまうし、誰も認めてくれない。そして誰も教えてくれない。

 何かの活動をしていてサボっていたりすると「やる気あるのか!」と言われる。これは誰でも分かる話であり、言われたら気合を入れなおして頑張るのであるが、職場だとこれが少し違った意味になっている。例えば、あまり力仕事をしたことがない人が力仕事を必要とする仕事場へ働き始めたとしよう。最初は慣れず、しかも今まで持ったことのない重い物を運ばされるだろう。一生懸命力を振り絞ってもなかなか運べない。その時に職場の人が「やる気あるのか!」と言う。自分では今までこんな重い物を運んだことがなく、一生懸命やって運べるようになったとしても認めてはくれない。逆に言うと一生懸命やっていても認めてくれない。それはなぜかというと、いくら重いものだとしても、筋肉がなくても、過去の実績うんぬん、今のやる気や気持ちで当たり前に運ぶことができると思っているからだ。その気持ちと言うのは、その仕事に対する情熱や生活するにあたって給料を得るためにどうして行けばいいのかというところからでできるものなのだが。その理論を口で説明しろと言ったとしても上司は説明できない。

 人にやる気や気持ちを証明させるには、簡単なことだと返事をする時に大きな声で返したかどうか。大きな声で返しただけでも、あの人はやる気はあるなという方向としては評価される。それで信頼度というのも変わってくる。その返事に気合と言うのが入ってくるのだが。

 本来、こういうことは人の教えてもらうことではなく、自分で身に付けるものなので自分で気づかないと一生わからないのである。学校でも部活等で通じることはするが、授業で直接な指導と言うものはない。だからこれは親の教育として学ぶものか、そういうことを気づいてくれる人やうまく説明できる人に気づいてアドバイスしてもらうしかない。でもこれを言葉で表現しろといっても簡単にできるものでもないが、このサイトの中にも部分的に書いてある。この話はある意味世の中で一番必要となっていく話になると思うので何かしらの形でもう一度くわしく証明したい。
2008/8/23 (Wed)



    自分のテーマ曲を持っていますか
 人はそれぞれ自分のテーマ曲というのを持っていると思う。簡単に言うと好きな曲ということになるのだが、これはただ好きというのではなく、ある曲を聞くと自分が頑張れるとか、苦しいことも乗り切れるとか、そういうときに頭の中でイメージをする曲というのがあると思う。

 例えば、プロ野球選手でもバッターボックスに立つ前にそれぞれのテーマソングが流れる。くわしいことはちょっとしたネタのところに書いてあるが、それを聞くことによって自分は頑張るぞと気合を入れ、結果を出そうとする。

 プロ野球選手でなくても人によってテーマソングというのを持っているかもしれない。朝起きたときにその自分のテーマソングを聴くことによって、「今日も一日頑張るぞ!」と思う人がいると思う。通勤時でもウォークマン等で自分のテーマ曲を聴いてそう思っている人もいるかもしれない。やはりそういうものを持っている人は生活にリズムが出て活発になっている人が多いのではないか。

 わたくしも自分のテーマ曲というのがある。曲に関してはこのサイトの中に書いてあるが、テーマ曲を聴くことによって気合が入ったり、戦闘モードに入ったりする。そして場面ごとにもテーマ曲を持ち、この場面ではこの曲、こういう気持ちのときはこの曲といろいろ分けて使っている。そうすることによって自分の心の中でもリズムというのが出る。

 人間の生活にリズムは必要である。そのリズムを作るために人間は音楽を聞き、体の中も活発にするようにしていると思う。カラオケの得意曲や着信音だけでなく、自分の個々のテーマ曲を持っている人は個々の生活もスムーズにやっていけている人だと思う。みなさんはどんな曲で生活リズムをつけているのでしょうか。



   大人になってからの性格の確立解消〜能力の発揮へ  
 あの人、なぜあんな性格なの?なぜそういうしゃべり方するの?なぜそういう行動をするの?人と接しているとその人に対していろいろな疑問がでてくる。ところがその原因は過去の出来事や日ごろの行い、環境によってその性格等が確立していることがある。それはどういうことか。

 人生20年以上も生きてくると人それぞれ楽しいこと、つらいこと、悲しいこといろいろな経験をしていると思う。案外そのことが原因となってそのままの性格や発言、行動に結びついている人が多い。例えば、あの人はすぐにケンカをする。なぜそのような行動に走ってしまうのかいろいろ調べてみると、元不良だったとか、そこの家族自体が荒れていたとか、相手の話を聞いていくと過去の出来事からそのまま依存しているという部分が多い。車の運転が荒い。元走り屋だったとか、車関係の仕事に就いていたとか。相手の性格等を直接突き止めなくても、相手といろいろと会話をしているうちに相手の過去話のことから現在の性格等に関連していることがある。

 社会人になって初対面で何かの能力を問うとき、そういう発言や行動をするからあいつは使えないと決め付ける人がいる(最初の結果しか見ない)。ただ最初の結果論を見てその求められた課題に対して能力がないのではなく、過去の行いや性格等の原因からその課題に対する能力が発揮できていないことがある。もしくは新しいことばかりで緊張して環境に慣れていないか。そしてその能力をどうにかするために相手の個性を無視して能力アップを無理やり押し付けようとする人がいる。だが、その能力について性格的なことが原因でそういう発言や行動をしているのであれば、いくら指導しても変わらないのではないか。そういうときにその人といろいろ話をすると、「何だ、そんなことで引っかかっているのか。」ということが多い。それでその人の能力が発揮できない原因というのが見えてくるのではないか。そしてその引っかかったものをすぐに取ってあげようとすれば問題ないのではないか。その過去の行いからの性格等が能力を求めるときに不利なものだったら、「その性格だとこの世界では生きられないな。」と言って、その性格から突っ込んでいって知識を教え込んでいき、その性格等が環境や指導によってすぐに変わるものであれば問題ないのではないか。これを見る方も自分で見抜く力も必要だが、特に重要なのは本人が分かっていて感じているかどうか。それでその世界の能力を上げるために一生懸命頑張って克服しようとしているのであれば評価してもいいのではないか。

 大人になると絶対過去に何かがあり、それがトラウマとなって現在の性格や行動になっていることが多い。恋愛でも何かおかしいと思っていろいろと話を聞いてみたら、「何だ、そんなことで引っかかっているのか。」ということが多い。それでその引っかかっているものがすぐに取れるのであれば取ってあげればいいだけである。自分のその性格や行動を分析できる人、そして相手の話を聞いて引っかかっているものをすぐにケアできる人。そういう人も恋愛偏差値の高い人である。
2008/2/19 (Sun)



元モー娘未成年喫煙事件を受けて〜自分の能力を発揮するには〜 
 今回元モー娘が喫煙事件を起こしたことは完全な自己責任である。このおかげで同じような素質を持っているような人の手本というのがなくなり証明もできなくなった。では、個々の能力を本当に発揮するにはどうしたらいいのか。能力を持続していくにはどうしたらいいのか。正攻法として書いていこうと思う。

 自分の実力や実績をさらに向上するには、また違ったイメージ(面)を作っていくことも必要である。最近ジャニーズでもタレント活動だけでなく学問にも励み大学進学をする人が増えている。それにより自分のイメージ(評価)というものを上げている。普通の人でもいくらかっこいいからといって頭が悪ければ誰も相手にされない。ギャルでも同じことが言える。

 高校生の場合、スポーツ能力で推薦も取れるレベルであり、それで実業団や大学へ進学すればまた最高な環境でスポーツをすることができるが、そうでない場合そのままプロにでもならない限り、やむなく引退か影の薄いところでプレイをせざる得ないことになる。そこで自分の特技を発揮するために頑張って勉強して大学へ進学するかしないかで潜在能力が発揮できるかできないかが決まる。浪人してでも大学でスポーツをしようと思う人がいる。これは勉強面でも同じことであり、人間層の幅というのも違ってくる。

 社会人の場合、こういう例がある。自分はまだまだそこまでの力がついていないと思っているのに、上司に気に入れられていることや、何かのタイミングによって昇進した。スポーツの世界でもよくある。昇進または重要なポディションに入って普通だと舞い上がってしまうが、本当はその昇進した後が重要である。自分に能力がないと思いつつ、その足りない分を一生懸命埋めようとして頑張っていくか、ただその地位を現状維持でいくか。やはりその状態で浮かれて現状維持に走ると、状況はそれぞれだが気がついたら周りに誰もいないことが起きる。こういう昇進の場合は、昇進する人のやる気や可能性を見て判断するので、昇進した瞬間に態度が変わってしまうのはよろしくない。地位を与えられた以上、その地位で一人前になるにはどうしたらいいのか、自分に足りないものは何か考えて成長していかないと意味がない。

 よく一番(トップ)になって浮かれる人がいる。一番になったら努力しなくいいと思っている人がいるがそれは勘違いである。なぜかというと一番を勝ち取って今度は一番を死守しなければいけない時、今までよりもさらに努力をしていかないといけない。下には一番を取ろうと必至にもがいている。いつ引きずり落とされるか分からない。これは社会人例の地位の話にも似ているが、本当の一番を取るには奪取だけではなく、防衛(死守)もしないと本当の一番にはならない。ただ取っただけだと瞬間的一番なだけである。一回だけとって満足をしたいならそれでも構わない。だが瞬間的一番は趣味ぐらいしか使えないだろう。他でも何かの大会で連覇を目指す人たちやイチローがアメリカで大記録を作ったにもかかわらず、更なる飛躍と自分の地位を守るためいっそうの努力をしている。囲碁将棋やボクシングでも防衛をして真のタイトル奪取だと言う人もいる。一番に関しての話はどこの世界へいっても同じである。

 今回の未成年喫煙事件からも当事者はそのままの地位に甘んじていたのだろう。そして外見だけでそのまま通用すると思っていたのだろう。当事者は能力を発揮して一番を取った上でさらなる飛躍を自分から進んでいかなかったため、いつのまにか悪い方向へ進んでしまって大きな過ちを起こしてしまった。だから皆さんは、自分の能力を発揮するのにどうしていいかわからなくなってしまったら、その分野に詳しい経験者や指導者の話をつねに聞いて自分の能力をどうすれば発揮できるか考えてもらいたい。わたくしは恋愛革命の一部によりここでは簡単なことしか書かないが、それぞれの人が能力を発揮することによって日本をどんどんいい方向へ変えていってもらいたい。
2008/2/14 (Tue)



    初対面の異性に求めるもの  世界編   
 男女が初めて出会うときお互いどういうことを求めるのか。これは恋愛偏差値とは関係ないが、カナダの出版社、ハーレクイン・エンタープライゼスがこのことについて世界16カ国を対象に調査を実施したのである。

 その調査によると、フランス、ブラジル、ギリシャ、日本、英国で、男性が初対面の女性について容姿をもっとも重要視している。容姿よりも知性が重要だと回答した男性は、ポルトガルでは40%に上ったが、オーストラリアではほとんどいなかった。

 異性にアプローチする方法については各国で回答が分かれ、ドイツとイタリアでは約半数の男性が自分のお金についてうそを言うと答え、スペインでは異性の気を引くためにセックスを利用すると答えた男性がもっとも多かった。ブラジルとメキシコでは約80%の男性が配偶者や恋人の有無についてうそをつくと回答した。

 女性の方が男性との初対面で最も気にするのは、ユーモアのセンスを求めるのである。外見だけでなく、最初に男性の口から出る考え方や想像力。そこでのユーモアセンスが効果的である以上、女性からの好感触が生まれるのであろう。

 出会いを求める方法としては知人の紹介がもっとも人気が高い。日本以外でも合コンが開かれているかどうかはわからないが、外国ではダンスパーティー等が出会いを作る最適なイベントであろう。それでも出会いに関する性犯罪については世界中どこでもあるので大雑把な欲望はどの国でも同じであろう。

 日本では、調査のとおり若いころは外見的な部分を重要視する傾向が見られるが、年が上がっていくにつれて外面的よりも内面的な部分を重要視することが多い。よく30を過ぎた人が恋愛を語るとき、30前後になると外見より内面がある人の方が恋愛の勝利をつかみやすくなるので若いうちから人間性を作っていった方がいいと言う。そうなると人間性があるということは恋愛偏差値もおそらく高くなっていると思うので、初対面でタイプの人にいい印象を出せればきっと理想の恋愛もできるようになるだろう。
トロント ロイター通信から一部引用   2008/1/27 (Fri)



    コニュニケーション能力
 コニュミケーション能力はよく就職活動のときによく使われる言葉であるが、人間と接する時にコニュニケーションはすごく大事なことである。今回は、就職活動専用のコニュニケーション能力ではなく、恋愛偏差値としてのコニュニケーション能力について書いていこうと思う。

 まず普通だとコニュニケーション能力が高い人というと頭のいい人(中身があるかないか)のことだと思うだろう。コニュニケーション能力が高い人は、話しをしている時に相手は何を考えているのか、何が言いたいのか、話しながら理解しようとする。一つの言葉にただ口にした言葉に対して返答をするのではなく、その言葉にはどういう意味がこめられているのか判断する。 

 「言葉のキャッチボール」という言葉がある。基本はいい会話をしようということだが、「言葉のキャッチボール」が高レベルになってくるとコニュニケーション能力と同じ意味になるのではないか。簡単な例を挙げよう。野球の試合でピッチャーがキャッチャーにボールを投げる時。試合の状況は2ストライクとしよう。次に投げる球を3球同じストライクコースを取ろうとするとバッターには読まれてしまうので、一球外してバッターの様子を見ようとする。ボールを投げてキャッチャーが受けた時、何も考えずただのコントロールミスでストライクゾーンから外れてしまったのか。それともわざと1球外すということでボール球を投げたのか。この違いだけでもピッチャーとキャッチャーのコニュニケーションのやりとりが違う。細かい事前のやりとりはさておき、その投げたボールの意味がちゃんと外しますよという意味をこめた上での球なのか。ただ次の投球を投げたのか。「言葉のキャッチボール」の語源もこういう意味から作られた言葉ではないか。

 相手が「バカ」と言ってきてもただの悪口を言ってきたのか。それとも何か違う意味で、たまたま言葉の言語が「バカ」と言う言葉になって相手が発信したのか。そこを読み取るには難しい所である。

 恋愛偏差値の高い人はコニュニケーション能力をうまく使いこなすことができる。ただあまりにも頭の中で考えることができるので、相手にはそういうつもりで言っているわけでもないのに自分にとっては悪口に聞こえてしまうことがある。相手が話したことの内容に相手が何を言いたかったのか、そして自分にはどう受け取ってもらいたいのか分析するととんでもない結論が出てしまうことがある。ただその結論で相手に返答を返してしまうとけんかになる恐れがある。特にコニュニケーション能力が低い人に対してだとすごくショックを受けてしまい恐がってしまうようになる。

 実例を挙げると、あなたが上司に取引先のAさんに会って来いと言われるとしよう。そして会いにいったらAさんに説教ではないけど一方的にすごくひどいことを言われた。そしてそのことを上司に愚痴っぽく報告すると上司は「会って来いと言ったオレが悪いのか!」と言い出す(逆ギレ)。もしくは相手側の性格や口がすごく悪く、たいしたことではないけど、何か相手に気に入らないようなことをしてしまったため怒鳴られてしまった。これも上司にそのことを報告したときにフォローとして、「相手はそういう性格なんだ、しょうがない。自分もあの性格どうにかならないのかと思っている。今後気よつけてくれ。」という言葉を実際に発していなくても上司が言った内容からそのような言葉も隠されているような口調で言ってくることがある。これは報告の内容によってあなたは本当の所何が言いたいのか、上司が頭の中で分析するとそういう風に取っていくこともできる。これはしょうがないことだが、コニュニケーション能力が高いと変に伝わりすぎてしまい、逆に伝わってしまうことがある。

 恋愛偏差値が高い人だと、相手がいくら遠回りな事を言っていても、それってあの人の事が好きと言っているようなものだと取られてしまうことがある。何回も続けて誉めている話をしていたりするとそう聞こえてしまうことがある。逆に怒った話ばかりすると嫌いという結論の理解になってしまっていることがある。

 コニュニケーション能力が高いということは、相手のことを理解しながら話をするので恋愛においても重要なことである。もちろん恋愛偏差値も高いだろう。人間能力と恋愛能力はまた違った意味になるが、恋愛偏差値の高い人は必ずやコニュニケーション能力も高いだろう。そこが理想の恋愛ができるかできないかの差でもある。もし、一度機会があったら弁護士や検察官、そして人間と接する職種で成功している人と話をしてみよう。世間話ではなくきちんとした話で。その人たちと話をするとすごく自分のことを読み取られているような感じになるだろう。恋愛やその人だけでなく、コニュニケーション能力が高い人はたくさんいるから、いろいろな人と話して自分のコニュニケーション能力をつけていこう。



  純愛ドラマと日本経済の景気動向の関係 
 日本の経済が発展していく中、景気の変動も著しい。戦後から高度経済成長、バブル時代、そして今日の不況と日本の経済は様々な動きをしている。恋愛に関して時代にある法則性があるのではないかという話がある。それは純愛ドラマの存在だ。このサイトは恋愛を焦点としたテーマなので、その純愛ドラマが日本経済にどういう影響を与えているのか書いていこうと思う。

 戦後から今までの経済成長の大きな山として、上にも挙げたように高度経済成長、バブル時代、そして現在の不況状態である3つが最も大きな話題だろう。しかし、バブルがはじけ不況と言われているが、2005年を境に景気が少しずつ戻り始めている。その一つの影響として純愛ドラマが絡んでいるという。それはこの時期に日本で放送された韓国ドラマ「冬のソナタ」(ペ・ヨン・ジュン(ヨン様)、チェ・ジウ主演)をはじめ、韓流ブームによって社会現象を巻き起こしたことが挙げられる。バブル時代は「101回目のプロポーズ」(浅野温子、武田鉄矢主演)がドラマで放映され高視聴率をたたき出し、セリフまでもが流行となった。そして昭和20年代後半にラジオや映画で放映された「君の名は」。この話の純愛ストーリーによって大ヒットを呼び、今後の高度経済成長につながったのではないかということが言われている。

 なぜ日本経済と関係あるのか。恋愛という視点から見ると、ある純愛ストーリーが流行ると自分もこうなってみたいなと思う人がいる。韓流ブームでも現地のドラマ撮影場所へ行ってシーンを再現する人がいる。特に女性の場合、本当にそのドラマの役になりきろうと
美を追求し始める。そこで自分が綺麗になるためにいろいろなものが生産、消費され経済に影響を与えているのではないか。

 今回挙げた3つのドラマに特に釘付けになったのは、20代から50代ぐらいまでの女性である。確かに生活していく上でそれぞれの家計を維持しているのは女性(主婦)である。その財布の紐を握っている人達がお金を使い始めたら、莫大な生産、消費量となるだろう。

 その生産、消費量が日本経済の景気に深く結びついているのではないか。だから日本経済を左右するの一つの要因として純愛ドラマのブームが挙げられている。恋愛という視点からまとめると、ある純愛ドラマが流行して自分もそうなりたいなと考えた時、最初は異性にモテモテになることを考えるだろう。それでカワイイと言われるために、美人になるために化粧やダイエットをして美を勝ち取ろうとするだろう。外見も固めるためにブランド物を手に入れていくだろう。そしていざ実行する時もいろいろと交際費や旅行費が膨らんでいくだろう。それだけ完璧にするまでかなりの費用と時間がかかるだろう。これをしようとする人達が各家計のやりくりをしている人たちなので、稼ぎ関係なくお金を使いたいと思ったときはいくらでも使い始めるだろう。そういう主婦達がどういう手段であれお金を使うことが、日本の経済を左右する一つのカギではないか。
2005/12/28 (Wed)




  それぞれの目指すべき目標 
 これは恋愛偏差値とは直接関係ないが、人間いろいろな趣味や業種、業界によってそれぞれの目指すべき目標というものがある。例えば、高校野球だったら「甲子園」、高校サッカー(天皇杯)だったら「国立競技場」。スポーツだけでなく、学校では名門有名学校、最近特にIT業界だったら「六本木ヒルズ(ヒルズ族)」が拠点になるように会社を大きくしようとしている企業もあるだろう。だがホリえもん事件で六本木ヒルズの価値が変わってしまっている。今後どうなるのか。

 やはり人間目標を持って生活している人は接していても楽しいものである。そして頭の中もプラス思考になっている。目標を持っている分いろいろな知識も持っている。上に書いてある例は本当に具体的大きな例であるが、ただその業種の世界に入りすぎて他のことは何もわからない人もいる。これは別の話になってしまうが。そういう具体的名前のある目標だけでなく、人それぞれにある目標を達成するためにしっかりとしている人は人間的にもいい人である。
 
 恋愛においても目標を持っている人と目標を持っていない人では全然生活の取り組み方も違う。目標を持っている人の方がいろいろなことに気づいてくれ、デート等でも楽しくしようと取り組んでくれるだろう。人間目標を持って生きることが恋愛するにあたっての一つのカギではないだろうか。
2005/12/6 (Tue)



    LOVEとLIKEの違い
 よく「LOVE」と「LIKE」の違いを検討する人がいるよね。そして差をつけて表現する人がいるよね。日本語訳では、「LOVE」は愛している。「LIKE」は好き。でもこれにはあまり差はない。

 英語の先生によると特に同じ表現で使っていることが多い。だからその時の出した言葉や表現の仕方が違っているだけらしい。今までの表現をLOVEとしていたのをLIKEとつかってみたり、またはその逆にしてみたり。別に単語が違っているから意味や表現が変わるということはない。

 おそらく日本人は日本語訳でだまされていると思う。イメージが
好き<愛しているということになってしまっているのだろう。だから「LOVE」は恋人に使って「LIKE」は友達に使うとか。だから英語を使っている人たちはそんなことをいちいち考えたりしないだろう。
 相手に「LIKE」と言われたからすごく愛されていないとか、「LOVE」と言われたから「LIKE」と言われた人より好きでいてもらっているとか。そういうことはただの勘違いである。あなたのこと「LIKE」から「LOVE」になりましたなんて結局意味的には変わっていない。相手が二つの違いの意味を知らないだけだ。


 後は、自分で辞書を引くなりして確かめてください。



    あの頃は〜♪  ハッ!!!  
 環境が変わったり、年がとっていったりして昔の自分は良かったなと思う時はあるよね。だが、あの栄光をまたやってみたいと思うよね。恋愛でもあの頃は自信があったとかモテていたとかあるよね。ではどうしていけばいいのでしょうか。今回はスポーツと恋愛による自信の取り戻し方を合わせながら紹介していきたいと思う。

 その栄光が例えばスポーツの場合だと甲子園出場やインターハイ出場とかその時期にだけ(学生時代)にしかできないものであるなら完全に再現はできないが、今でも自分の勢いや調子、体調等を当時に近い状態には持っていけると思う。(年をとると体が動かなくなることは除く)それを違う形で同じ感動を作っていけばいいと思う。恋愛でも今と昔とでギャップがあるのであれば、自分に自信を取り戻すようにやっていけばいいのではないか。

 そうするためにはやっぱり当時やってきた過程のことをそのまますればいいと思う。その前に体格が当時と違うのであれば体格を直すことから始めないといけない。そしてスポーツなら走りこみや筋力トレーニング、素振り等から一番基礎的なことからスタートしなくてはならない。恋愛でも自信があったときは何をしていたのか。やはり自分の好きなことに熱中していたから自信があったのだろう。何かに努力していたのならまた何かを努力していき自信をつけていけばいいのではないか。その中で自分はスポーツをしていたならその自分がやっていたスポーツを始めればいいし、学生時代は勉強をしていて努力をして輝いていたのであれば、大人の人はいまさら受験勉強ができないと思うのでそれに変わる別のものとして仕事に精を出すとか資格の取得とか何でもいいと思う。

 次に自分の状態が戻ったのであれば、実戦といけばいいと思う。スポーツだとあるサークルやチームに入部することができるであろう。そして大きな大会でなくても小さい大会で自分が表現できればそれでいいと思う。恋愛でも自分が今までと何か違ったことをしていれば、周りの目は変わってくると思う。そこで自信があった頃と同じように自分を表現していけば、当時の状態とは100%までとはいかなくてもいい結果が得られると思う。

 年が進み、環境が変わって自分を振り返ったとき、「あの頃は〜だったのに、今は、、、」と思って現実を逃避しているのであれば、そのまま腐っていくのではなく、その当時の自分のベストだった状態を違う形で持っていけばいいのではないか。わたくしも頭の中身はいつまでも同じ状態にしておこうと思い、このサイトを作ることにより、違う形で今までのこともすべて潜在的だったものを外面に出していこうと思った。環境は違うかもしれないが、日ごろの努力というのはどこでもできると思う。社会人になって努力もできない環境なんてない。忙しくても休みの日に、当時の自分を取り戻すような事をしていけばいいし、生活の中でも取り入れられることはたくさんあると思う。元々当時より今の方が頑張っていないからそう思うのであって、つねに同じ努力をしていればずっと同じ実力で生活していると思う。そしてベストな状態に持っていったのであれば、今の環境に合ったベストを尽くしていけば当時の栄光と同じ気分を味わえると思う。



    能力、実力ある人に通じないこと    
 人に嫌がらせをする人はいるよね。誰かに嫉妬をしたり、憎んだりしたりしていじめに発展することもあるよね。しかし、嫌がらせをしている人にとっては相手が苦しむのを見て気持ちいいことかもしれないが、すべてが相手にとって損失を与えているかというとそうではないことがある。これはどういうことなのか。

 例えば、スポーツの世界で先輩の嫌がらせによって後輩が無駄にしごかれることがあるよね。意味なくグランドを走らされたとしよう。先輩はそれで気持ちいいかもしれないが、体力のある人やすでにレギュラークラスの人だと逆に簡単なことだと思うだろう。しかもそれが監督へのアピールにつながったとしたら、あの先輩め!!!(怒)と思うより、ありがとうと思ってしまうだろう。そして監督から見てそんなことさせている先輩の評価は下がり、下級生の評価は上がってしまうという逆のからくりになってしまうのである。

 恋のライバルに嫌がらせをするのに、好きな人の前で恥をかかせようとさせる人はいるよね。例えば、食べ物に何かを加えたり、恥をかかせようと何かを仕掛けたりするよね。しかし、これも効かないこともある。食べ物に辛いものを加えて食べさせる人がいるが、もしその嫌がらせを受ける人が辛いもの好きであったらどうであろうか。全く効かないどころかおいしいと思って軽々と食べてしまうだろう。

 わたくしの場合、食べ物に関しては「マヨラー」がいるのであれば、わたくしは「タバスコラー」である。食べ物にタバスコをつけるようになってから、今では何でもとはいわないが、タバスコをつけて食べるようなものは、絶対にたくさんつける。特にピザは他の人が食べられないぐらいにタバスコをつける。揚げ物関係でも辛さを求めたい場合は、最初の味付けのときにコショウ、醤油だけでなくタバスコも振りまいて漬け込む。そうすればちょっとピリッとした唐揚げができるのである。これが結構おいしい。

 まとめると、ある人のことが気に入らなくて嫌がらせをしたとしても、その人の実力があれば、嫌がらせどころか逆効果になることがある。嫌がらした人は気持ちよく、受けた方は気持ちが悪いということではなく、受けた方も気持ちよくなることがある。これはやられた感覚が気持ちいいのではなく、この嫌がらせの内容がその人にとって実力上何とも思わなかったり、逆にその人の能力を引き出してしまうことがある。それでは嫌がらせどころか仕掛けたほうが損をしてしまうことがある。でも嫌がらせをするというのは、弱い人が強い人に対してやることや嫉妬をすることによってするものが多いが、本当に実力がある人であれば、人に嫌がらせをするようなことはない。したとしても何かの目的があって、もしくはその人に嫌がらせをすることによって、違う意味で自分について気づいてもらいたいものがあるからするということはある。恋愛偏差値の高い人に嫌がらせをしたとしてもすべてを軽くこなしてしまうことがあるので嫌がらせが効かないことがある。だから弱い立場の人間が強い立場の人間に嫌がらせをしたとしても、そのまま実力で返されることがあるので、かなり意味のない行いでもある。何があっても権力で人を動かそうとするより、実力で動く人が一番強いのである。



   利用による最終目的〜人間関係  
 このテーマは、他のところに書いた「実力主義」と「私のどこが好きなの?」の続きの話でもある。心から恋愛をして交際をしていくことが一番いいことなのだが、必ずしもそうとは限らない。これは恋愛だけでなく日常生活の中でも何かの約束事等をしたときに本当の目的が違う所にあったりする。その目的も前触れの話の中で相手の特徴により実力の駆け引きによりわかるようなこともある。これはどういうことなのか。

 まずは恋愛だと交際するにあたって相手は何を目的に交際を求めてくるのか。本当に純粋な気持ちからの交際だと問題ないが、相手の身分や財産目的で交際を求めてくる人がいる。そういう人は恋愛偏差値が30以下だ。だから愛し合って交際をするという目的ではなく、その人の身分や財産を使って自分がほしいものを手に入れようとする。H目的による交際も同じ事である。これは交際するという特典を使って利用をするということである。特に魔性の人間がお金目的として交際を求めようとしてくる。

 恋愛だけでなくても相手の身分や財産を使って組織に求めてくる人がいる。例えば、ある仕事場や学校内(ゼミ)のグループ内の親睦を深めるために何か旅行をしたり、会を開いたりすると思う。そしてある程度の費用が学校や仕事で出るとしよう。そのグループ内全員の人がフェアな人だったら、普通に計画をして何も過不足なしに目的を達成するのであるが、その中に実力のないただうるさい人(チャラ人間)がいると、そのグループによる目的ではなく、そのお金が支給されることを利用して自分中心に考える。だから最終の目的がグループ内の親睦を深めるためではなく、支給されるお金を利用して自分がしたいことをするという目的に持っていこうとする。本当に実行してバレたら犯罪になるが。

 ただ遊びたいという人(チャラ人間)は、当初の目的は単なる飾り(言い掛り)として最終的には自分のやりたいことだけをしようとする。これは何をするか決める時の話し合いで、その人の性格からすべて読み取ることができる。なぜかというと自分の都合のよいことしか言わないのだ。ただの集まりでいいのに合コンやコンパに持っていこうとする人。無謀な旅行計画を言ってくる人。そして費用は自分以外の人が出してくれる。使えるモノも全部無料で使ってしまおう。(例えば、学校、会社専用のバスを無料で貸しきって旅行しよう→それで交通費が浮かせる)それではもともとの費用が出る意味がない。

 そういう人と話をしていると、「あなたは当初の目的である行いを実行したいのではなく、それを利用して自分だけが遊びたいのでしょ。」、ということが頭の中でわかるようになる。金目的の交際でも、「あなたはその人と愛し合いたいのではなくてその人の財産を利用したいのでしょ。」というのが、見えてくる。言っている本人は自分で意識して言っているわけではなく、ただ自分がしたいことを思いつきで言って実行しようとする。実際、力のない人は口だけで終わるのだけど。ただ、最初の話し合いで、口だけの人が発言しまくってそれが中心になってしまうのは困るけど。それでも相手が考えている本当のことはストレートに言えない。

 私のどこが好きなの?と聞いても、表面上のことは言うが本当のことはその人の身分や金目的だったりする。それでは恋愛は成立しない。そういうことも交際を決める前の話で相手の性格や態度により、何を考えているかわかるのである。そこをうまく見抜き自分にちゃんとした話なのか判断するのである。恋愛偏差値の高い人だけでなく、人間コニュニケーション能力に優れている人は、話の内容によりただの言葉の会話ではなく、相手が何をやりたいのか、そして自分に対してどんな風に聞こえるのか頭の中で感じ取れるのである。「〜を実行したけど失敗した。」と言っても、相手には「そういう風に指示をした自分が悪いのか。」と言う風にしか聞こえない時がある。普通の人間関係でもそう。親睦を深めるというより当初の目的ではなく、わざと相手に嫌がらせをするような方向に持っていこうとする人もいる。人に恥をかかせて自分は偉いという人もいるのだから。(チャラ人間)だから、遊ぼうと言ってきても、「おまえはわたくしの金を使って遊びたいだけだろう。」とか、「実行することによって恥をかかせたいだけだろう。」と思うのである。そういう時に嫌な予感がしたら自分からすぐに関係を切った方がいいと思う。ただ相手に都合の良いことを持っていかせるだけだから。



    チャラ人間の勘違い 
 前にモテる人と恋愛偏差値の高い人というテーマを書いたが、その続きみたいなものである。チャラ人間はいろんな人を引っ掛けて自分はモテると思っている。しかし、それはすごく勘違いしているのである。

 チャラ人間は異性にいろいろと声をかける。そして口説いて自分の物にする。しかし、これはお互いの恋の成立かというとそうではない。チャラ人間は自分の都合で声をかけているのである。相手がついて行くのは、恋としての事ではない。チャラ人間の脅しや流れ、なんとなく自分がヒマだったからついて行っているようなものである。本当にハマっていく人は、恋愛経験のない人。だからチャラ人間についていったからといってその人のことを好きになっているとは限らない。それなのにチャラ人間は一つの出会いと別れがあると自分を好きになってもらった人、一人とカウントする。

 「あの人は今、その1」がその例でもある。いろいろな人に交際を持ちかけて成功はしていたとしても、結局その人を本当に好きになってもらった人は一人もいない(もしかしたらいるかもしれないが)。わたくしから見ると弱いものいじめをしているように見える。かわいくて弱そうな人を捕まえているという感じ。でも地元主義だから捕まえるレベルは落ちていったけど。

 チャラ男だけでなく、魔性の女でもそう。自分の都合のいい人を捕まえていらなくなったらポイ。それでも利用した男は付き合った人数としてカウントする。それで自分はモテると勘違いしている。

 チャラ人間は自分がGETしたから相手は自分のことを好きになってくれていると思っている。ところがそうとは限らない。それなのに自分はモテる勘違いしている。そして付き合った人の人数の自慢をする。恋愛偏差値の高い人は外面には出さないが、知らないところで誰かに惚れられたり、狙われたりしている。しかし、チャラ人間はそういうものは一切ない。もし、チャラ人間についていったとしても他に本命がいたりして逆三角関係があったりする。逆三角関係解説図


 だから恋愛能力としては全くないのである。何もせずに知らないところでどれだけ好きになってもらっているかが、本当のモテる人である。
2004/12/29 (Wed)



    キャラがあっても実力勝負で対処
 芸能人でも誰でもキャラをもって自分の存在を示している人がいるよね。例えば、芸能人だとコリン星から来たとか、ウンチクばっかり言っている人。人の批評ばっかりいう人、名ゼリフがある人。普通の人でも何かのキャラをもっている人たくさんいると思う。

 しかし、普通だとあんなこと言っているやつはおかしい、勘違いしているって言って相手にしないよね。だがそれをただバカにするだけではなく、相手のキャラを受け入れ本当の現実どおりに返せばいいのではないか。

 そういうのは辞めろと言っても辞めない。だから言わせておけばいい。それをうまく傷つける方法で相手のプライドを突き刺せばいいのではないか。コリン星だってバカじゃないのと言えばそれで終わる。だが、相手は言いつづけるだろう。それでコリン星の証明をさせるために宇宙について調べてすべて定義、討論した上でそんな星はないといえばいいのではないか。ウンチクでもすべて調べていけばどこかに矛盾が起こる。

 もう一つは、そのキャラを認めて何か言い合いになった時に「何がコリン星から来た」見たいな事を言う。それは相手が言っていることをそのまま返しているだけで悪口でもなんでもない。逆にそんな事言われて嫌だと思うならそのキャラをやめればいい。そういうことである。

 これは悪口を言っているのではない。その人を認めた上でその人のキャラを継承しているのである。逆にそのキャラがおかしい、勘違いしていると言っている人はその人のキャラを継承せず、悪口を言っているのである。芸能人でも話がうまい人の相手への話し方を聞いていれば分かる。どう見てもただけなしているだろうという人とその人を認めた上でその人のことを言ったりバカにしたりしている人がいる。前者は本当にバカにしている人。後者は本当にバカにはしていない。相手の持っているネタとしてバカにしているのである。前者は悪いことだけを取り上げてその人をバカにしようとする。後者の方はバカにしているような聞こえてもその人の過去や今の状況を調べてその人のいいときのネタやセリフを交えて発言をしている。だから本当の悪口ではない。

 地元主義はその一つのキャラ、言葉を覚えるとその定義もせず言葉だけ連呼する。それはバカにしているのである。というよりおまえの方がバカなのだが。

 まとめるとその人のキャラ、なぜそのようなことを言うのか調べて、現実的にも証明できるか調べて本当に違っていたらおまえは間違っていると言えばいい。人のキャラもただバカにするだけで押しつぶすだけではなく、実力で相手を認めながらうまく押しつぶしていけばいいのである。そうすれば相手も実力を認めると思うし、意味のわからないキャラも辞めると思う。何を言っても人を認めるということは大事である。話の中でも悪口ではなく、ちゃんとスジの通った話ができることが恋愛偏差値の上昇である。







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