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ここは以前このHPで取り上げたテーマで、今は時代の流れによりあまり影響がないものや、HP開設からの流れで作ったテーマをここに集めて残していきたいと思います。

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合コン編

チョットした知識編(問題)

Hと恋愛偏差値

恋愛偏差値注目地区



  モー娘が売れたわけ  Love論 
 このテーマはまえがきでも書いたように、つんくがモー娘を大ヒットさせ社会現象となった。これは音楽ビジネスだけでなく、すべての恋愛や、学校教育による日常生活でも影響すると思ってここに立ち上げをした。なぜならメンバーはあるタレント養成所から育てられて生まれたのではなく、一般の日常生活から生まれた人たちだからである。だから恋愛の視点でもなぜモー娘が売れたか見ることができる。

 何であんなのが売れたのと思う人が多いと思うが、簡単にいうと売れて当たり前である。なぜかというと、音楽能力は別として、あのメンバーにいる個々のタイプは学校のクラスで一番をとれる最先端のタイプなのである。(ただし、4期メンバーまで。)モー娘の売れ行きを理解できる人はごく一部の人である。市場マーケットに詳しい人や心理学専攻の人や教育関係に携わっている人、現にメンバーの学校の担任の先生だった人でもその能力を見抜くことはできない。自分のクラスにも同じタイプの人がいた。表面にはわからないが、裏では一番かわいいかったり、狙っている男がたくさんいたりした。クラスの中でもリーダー的になり周りをまとめていた。そういう人達は、モー娘でなくてもその人の能力がどれほどあるのかによって将来どうなっていくのか決まる。

 これから、女にはこういうタイプがいるという証明がされた以上、このタイプが注目されるようになったであろう。しかし、嫌いな人もいる。嫌いな人は、基本的に嫉妬をしているのである。男でも嫌いな人がいる。それは相手にされないか、女を知らない、恋をしたことがない人が多い。そしてモー娘が売れたことで日常の恋愛にも差が出てしまったのではないか。それに気づいた男はますます女のタイプを探しやすくなったと思うし、嫌いな女達はあいつのマネだけはしたくないとしようとする。でも結果的には同じことをしているのだけど。

 バンドの人だってモー娘に勝たないと売れない。そのことを知っているのか。音楽性は違っても売ることは同じである。いわゆるライバルである。そういうことを踏まえてバンド活動をしているのか。そして誰にも負けない個性をもっているのか。でも、一流に売れるタイプの形は全部出尽くした。モー娘の中でもこれから全くなかった新タイプが出てくることはないと思う。誰かが卒業したり、新メンバーが入ったりして、もうすべてのメンバーが入れ替わっているのではないか。そしたらユニットではなく、プロスポーツチームと同じになるのではないか。メンバーの中で作ったユニットも全員入れ替わっている。名前だけがブランド名になっている。それでは意味がない。その中の個性で売っていたはずが、そうでなくなる。今後、現、新メンバーに相当な個性がないかぎり消滅していくであろう。

 7期メンバーを募集していたが、該当者なしという結果になった。目的として「エース級」の人を探していたが、それに該当する人はいなかった。再募集をして一人メンバーの加入をしたが、それでもやはり売れるパターンは出尽くしている。エース級の人がいても人気商売として
できる人はいないと思う。あとエース級の力を持っていても歌自体をやっておらず、モー娘に興味のない人もいる。だからモー娘の中に天才と呼ばれるような人はもうでてこないと思う。出てきたとしても人気上昇というよりモー娘の存続のために出てくるという感じになると思う。6期メンバーの中にソロ活動していた人がモー娘に入ったが、入ってからすごく目立っているわけでもなく吸収されてしまったような感じがする。だから育てた人を入れたとしてもあまり効果もなく、結局は意味のない結果になっていると思う。

 今まで中心的だったメンバーが自分の恋愛を理由により脱退をしているのが多い。脱退することに関しては芸能活動をしている中での話(規律みたいなもの)によって脱退をするので、恋愛をすることに関しては関係ない。ただモー娘に入って才能を発揮し、いい恋愛ができるようになったのであれば個人としては大成功ではないか。もちろん恋愛偏差値も高くなっているだろう。

 今のモー娘は全体の力はないが、個人個人の成長はしている。人間能力的な力はないが、女としての成長はしている。デビュー当時は女としての力がなくても、今では他の人には比べられないほど成長している。やはりきっかけを与えるだけでたいしたことがない人や才能の眠っている人が成長するのであれば、これは評価してもいいのではないか。今はもうモー娘を飽きてしまっているという人は今のモー娘を見てみよう。個々の顔の成長率だけは、他の環境でも勝てないと思う。そうみるとモー娘の成長度は子供の成長にとって欠かせないものになると思う。





    流行によるLOVE論  
 ここのサイトを作ったきっかけは、つんくの「LOVE論」から作っていったのであるが、モー娘以外のアーティストに関しても書いていこうと思う。ただ他のアーティストに関しては、完全な個性から出てきているので、この人達は日常生活からこういう能力を発揮していたから売れたというものはない。ここで言いたいのは、音楽業界からファッション等まで社会現象を起こし、ブームとなった影響が日常生活までどれほど影響したのか。そして誰もがこのブームを取り入れたことによって、恋愛においてどのような力を発揮していくのか書いていこうと思う。

 バブル期から今まで音楽業界と共にファッションの世界まで影響を及ぼしたと言えば、20世紀まではアムラーと言われたファッション。そして2000年あたりからは浜崎あゆみのファッションが世に受け入れられただろう。そして女子高校生から20代の女性を中心にそのファッションが取り入れられていった。わたくしが言いたいのは、このファッションを取り入れ、自分が可愛くなったり、自分の求めていたものが手に入れられるようになったりしたのなら、大成功と言えるだろう。そしてカッコだけでなく、自分のスタイルとして表現できるようになったのであれば、恋愛偏差値もUPするであろう。

 最近注目したいのは、大塚愛や倖田來未の存在である。これはファッションの話ではなく、大塚愛と同じタイプの人が同じスタイルを取り入れれば、ますます注目されるだろう。それを気づかせてあげるのは、恋愛偏差値の高い人である。ある人が同じスタイルを取り入れ、可愛く、そして美しくなったのであれば、これはとてもいいことである。

 音楽業界でなく俳優業界でも取りいれられているファッションがある。特に男の場合だと、藤木直人。これは藤木直人と同じ世代、同じタイプの人がファッションを取り入れるときにモデルとなる存在である。だからこの世代でかっこいい人はそういう傾向がある。女優の方では、OLだと藤原紀香、背の高い人だと伊東美咲といったところか。他にもまだまだあるが、ある人がファッションを極めるとき、同じタイプで有名な人をモデルとし、自分がこなせるように取り入れていけば、周りからもかっこよく見えたり、美しく見えたりする。

 よって自分を表現するときに自分にあったファッションやお手本になりそうな人を見つけ、自分のものへと表現できるようになれば、恋愛偏差値もUPしていくと思う。ただ完全なモノマネで終わると意味がない。まずは、
外見は誰かのお手本として磨いていき、内面は自分で磨いていくのが、最もいい表現方法である。

*この2つのテーマに関しては時代の流れにより、適応されていないかもしれませんが、このHPを作ったきっかけとなったものですのでHPに残しておきます。
2005/9/5 (Mon)



   6種類の恋愛パターン エロス、ストロゲー、ルダス  前編 
 ここでは社会心理学から使われている用語から恋愛パターンを紹介し、恋愛偏差値と関連しているのかどうか考察していこう。

一つ目は、情熱的な恋愛をする「エロス」。相手に理想的な特性を見出して惚れこみ、「美しさ」に惹かれるタイプ。エロスは、恋人との性的快楽の共有を独占したいという排他性の特徴を持つ。ヤリマンの人はこれに該当するであろう。

 二つ目として、友愛的な恋愛をする「ストロゲー」。友人関係から恋愛に発展していくことがこれに該当する。幼馴染でいつのまにかお互いが好きになっていたというのもこのパターンである。激しい性的興奮よりも一緒にいてゆったりと安心できる信頼感や親近感によって支えられる恋愛関係である。

 三つ目は、遊戯的な恋愛をする「ルダス」。これは完全な遊び感覚からゲーム感覚で恋愛をする人のこと。チャラ男や平気で浮気や二股をする人がこれに該当するだろう。高校生からいろいろな人と付き合い始めるのはいいが、その最初の付き合い方から別れまでによってずっとルダス状態で恋愛を展開するようになる人がいるだろう。ナンパも最初の気持ちとしてはルダス状態である。

 この3つの種類でもかなりの恋愛パターンがある。恋愛偏差値的に言えば、「エロス」は完全に相手の身体目的で恋愛をしようとしている人なら、恋愛偏差値は論外である。「ルダス」的な恋愛をする人は恋愛偏差値の低い人である。「ストロゲー」は恋愛偏差値ではなんとも言えないパターンでもある。ルダスは初期の恋愛状態によっていつまでもルダス的な恋愛をし始めるか、他の種類の恋愛パターンになるかが決まるので、ルダス病にならないようにして恋愛を展開していってもらいたい。
2008/3/1 (Wed)



   6種類の恋愛パターン   マニア、プラグマ、アガベー 後編
 前編に続き、他の恋愛パターンを説明していこう。

 四つ目は、狂信的な恋愛をする「マニア」。この言葉はよく聞いたことがあると思うが、心理学用語でも似たような意味である。普段使われているマニアから推測していこう。マニアは何かに夢中になり、その何かのグッズ等を集めるのに真剣になるよね。そして限定品を手に入れるためにどこまでも追って捜し求めるよね。では、○○マニアというのにその○○を「好きな人の名前」などに置き換えてみよう。マニアが誰かに惚れ込むと自分のものにしたいと思い始め、そして手を離したくないと考え始めるよね。これが人間になると自分だけの妄想になったり、ストーカーに走ったりする。まとめると、狂信的に相手に惚れ込んでしまい、現実検討能力が低下して、相手の気持ちや考えを無視してでも自分の思い通りに相手を独占的に愛そうとするのである。これが恋愛欲求となりマニア的な恋愛ということになる。

 五つ目は、実利的な恋愛をする「プラグマ」。これは、相手の地位や経済力等で判断をする傾向が強い人のことを指す。相手と交際を持つことによって利益や快楽が得られるか否かという損得を考えながら恋愛の相手を選択していくことです。精神的な結びつきを重視する恋愛関係より物理的な生活を重視する傾向が高い。将来を考えての選択もプラグマの意味に含まれており、いい父親になるかとか、計画性のある家族が築けるか等の考え方も同じです。プラグマは日本人の場合、大学生にこの傾向が高く、結婚を考えるならこのパターンの傾向が高いかもしれませんが、それだけの考え方での恋愛は恋愛偏差値としては論外です。

 最後に、愛他的な恋愛をする「アカベー」。これは自分を犠牲にしてでも相手を愛そうとするタイプがこれに該当します。これは「エロス」の意味と対照的で対立的な愛のパターンであります。例えば、家系の影響によりある人と結婚しなくてはならない状態になった場合や相手が何か特別な職に就いていて自分の全く知らない世界に入り込んでしまった場合もそうかもしれません。旅館の女将等ならもし自分がその業界について何も知らないならそうかもしれません。愛よりも家系を継ぐという状態で結ばれてしまったなら、自分は犠牲になっているような感じにはなるでしょう。ただこれも恋愛が成立している中でのパターンなら恋愛偏差値的にもいいですが、自分の身体を売ってでも相手に尽くすとか、プラグマと合わせたような考え方でアカベー的なパターンで結ばれていくのであれば恋愛偏差値には論外になるでしょう。

 6つの恋愛パターンを紹介し、これらが恋愛偏差値に適しているのか判断してみました。ここで気づいたことは、いくら両思いでも相手に求めているものがこの6つのパターンの中でも違う組み合わせであるなら交際をしてもうまくいかないかもしれない。例えば、一方はエロス的な思考で求めているが、片方はアカベー的な思考で求めているとか。そこのところを詳しく他のテーマとして挙げていこうと思う。
  → レベルUPアドバイスV
2008/3/3 (Fri)



    これって、罪じゃないの?
 数年前、ドラマでやっていたのだけど、20代の社会人と高校生が恋をして駆け落ちみたいなことをする。高校生の親が警察に捜索願を出して居場所が見つかって社会人の方が逮捕される。これって誘拐?

 この例を、大学の刑法の先生に聞くと、警察は一方が18,9歳だともう成年と判断し愛し合っているのなら誘拐だとしないし、理由がわかりきっているのであまりしつこく捜索はしないそうだ。一方が16,7歳だとやはり未熟と見て検挙し逮捕して事情を聞くそうだ。

 もし、一方が20代前半だったら数多い恋愛パターンである。前にロリコン現象と女子高校生の年上現象のことも書いた。今回のドラマは女が社会人だったが。法律上、女は16歳で結婚できる。5歳違いで結婚している人もいるし、お互い年があがれば例えば26と20歳、ありえない話ではない。この場合、たまたま出会った時期が高校生だったということで恋愛には関係のないことである。ただ、世間や法律上が19歳までは未成年ということで親がいるということで守られている。

 恋の運命とはいつのことになるのかわからない。最初から運命の人に出会い、結婚して幸せになるのならいろいろな恋愛に関係ない。恋愛偏差値からみると本当に運命の出会いであったなら関係ない話だが、結局そのときの盛り上がりで付き合ったりしているのなら遊びにみえる。つまり、恋愛偏差値50未満。何人も付き合うのはいいが、結局同じタイプの人と付き合うならただの時間の無駄である。いろいろな経験をして理想に近づいていくのが恋愛偏差値の上昇である。そして自分の立場関係なく、誰かを好きになることが恋愛偏差値の上昇の結果である。



   恋愛偏差値による外見(ファッション)の見分け方
 小学生からの恋愛の流れを書いてきて高校生になると差が開くと説明したよね。そしたらその後、極めている人はどう変わっていくのか。今回は外見をテーマにして書くことにする。

 先に結論を言うと高校を卒業すると恋愛偏差値の高い人ほど普通のカッコをしているのだ。その人が今何をしているかは別として、どこかに出かけるときどういうファッションで出かけるか。普通だとなんかカッコいい服を着て、ビッシと髪型整えて最先端のファッションで出かけているように見えるが、そうではない。案外普通のカッコをしているのだ。それはなぜかと言うと、すでに自分の中で一つの時代が終わり、またそこから第二の自分を見せようとしているのだ。特に高校である程度極めてしまっている人は何年も最先端のファッションをしているかと思うけどそうではない。また違う方向から自分を表現しようとするのだ。逆に成人になって最先端のファッションをしている人は
チャラ男かもしれない。

 自分も高校のときいろいろな雑誌に出ている人を見て最先端を感じていたが、今同じ雑誌を見ても今ごろそんなかっこしているのとか思う。男なんて全員チャラ男に見えてしまう。前から出ている人だったらいいけど。今でも時々高校のときから読んでいた雑誌を見るが、その自分が読んでた頃、雑誌に出ていた人たちは「あの人は今」みたいなコーナーでやはりその人たちは派手ではない普通のカッコをしていた。ある一部分だけに以前の面影があるという感じか。

 これは社会人だと背広を着たりしてすぐには見分けられないが、大学生だと私服なので普段の生活でもわかる。大学生のことは前にも書いたが、例えばトイレに行くと必ず鏡の前で髪の毛をいじっている人がいる。そういう人はどう見てもチャラ男である。女子学生でも入学前からギャルで3,4年になってもギャルだったら、まだそんなカッコしているのと言いたくなる時もある。そういう人はそこから抜け出せない人である。ファッションとしての頭の成長が止まっている。大学生で恋愛偏差値の高い人は普通の服からちゃんとカッコが決まっているファッションをする。そういう人は行動もしっかりしている。やるべきことはやっている。普通の人から見ればたいした人間じゃないと思うが、実は誰かのプライドをひっくり返そうと思えば簡単に落としてしまう人なのである。

 最近、モノが増え日本では誰もが裕福な生活をできるようになった。ファッション雑誌も毎月たくさん売れて大変なブームも起こしている。そのせいか15〜25歳の人は見分けがつかない。逆にいつまでたっても服装に関してわかっていない人がいる。例えば、サッカーしようぜと誘ったとしてもジーパンでくるやつ。場の雰囲気知らないで合っていない服装で来るやつ。そういうやつはいつまでたっても恋愛はできない。

 高校を卒業して恋愛を探すとき、あの人普通なのだけどなんか引っかかるなぁ〜と思ったときそういう人は一度極めて第二のファッションをしている恋愛偏差値の高い人と思えばいい。自分の直感が間違っていなければ、必ずその人は理想に近い人だと思う。



     ♪夢の中へ、夢の中へ〜♪
 皆さん、寝ているときの夢についてどう思われますか。起きたときに夢かと思って気にしなかったり、あれは何だったり。そして夢に出てきたことが現実になったらあの夢は正夢だったと思う。夢についての学問的なことはここでは説明しないが、恋愛にも結びついている部分がある。それはどういうことか。

 ある一つの説だと、相手があなたのことを心から好きでいると夢にも出てくるとか。例えば、こういう話をしたことはないか。何かいやなことや怖い話をしていて、「夢に出てくるからやめて。」と言ったことはないか。そしたら本当に夢に出てきて。それと似たような現象で毎日ストーカーではないけど付きまとわれて夢にも出てくるパターン。これも相手が好きで好きでしょうがないから付きまとい、自分はいやなことだと思っているから夢にも出てくるのではないか。

 わたくしは夢に関してこういう経験がある。告白された相手が休日や長い休みで、会っていなくても毎日夢に出てくる。わたくしは相手のことをいやだとは思っていないけど、相手はアプローチのために毎日アピールしていた。そう毎日夢に出てくると寝る前にまたでてくるのかと思い、ふつう夢を見ると起きるまで何もわからない状態で夢という状況が続くが、わたくしは夢の中でも意識ができるようになった。だから夢の中に出てくるセリフも何か自分の頭の中で考えて言っている感じだし、今現在の状況を言っている部分が多い。たとえ、現実でひさしぶりに会った人でも夢で出てきた人にでも自分の今の状況を同じようにしゃべっている。結論を言うと夢の中でも意識できるようになり、起きた後でも頭の中に残って一つの経験や思い出のように記憶してしまう。だから夢の中でデートしているとしても何か一日の生活である出来事のように記憶してしまい、実際に現実であっても何か毎日デートしているからいいやと思ってしまうことがある。

 夢に関しては何ともいえないが、もし現実で誰かに告白されたりや狙われたりして夢にも出てくるようなことが続いたら、それは本当の愛だと思う。だからそのこのサイトに書いてある逆三角関係やその他いろいろがあなたの現実で起きていて夢にも出てきたら本当の気持ちかもしれない。

 この話は夢の中と現実恋愛が何か関係ありそうな感じだったので書いてみました。だから別に夢に関してのことを偉そうに書いているのではなく、いろいろな説があると思いますが、今回は特にわたくしの話はここだけの話にしてください。まだまだ謎です。ここを見ている人からその夢と現実についての経験をメール等で返事してくれたらうれしいです。



  モテる人と恋愛偏差値の高い人との違い
 ただモテる人と恋愛偏差値の高い人と=(イコール)ではない。それはその場でモテる(地元主義)とか女遊びがうまい人も同じではない。ではどういう人がこのサイトのテーマの人なのか。

 ただモテるからといって理由は何なのか。顔、金、性格、どれでもいいのだが、ここではモテることと恋愛は関係しているのかが焦点である。告白された数、付き合った数、Hした数、数を自慢しているなら対象外である。数は数でも何人の人に本気で好きになってもらい交際しなくてもなんかの形でその愛に答えたかである。全部が全部交際すればいいというわけではない。そうでなければただの「〜垂らし」になってしまう。誰かを好きになって直接接していなくても告白できずに終わってしまう人がいる。もしくは学校で恋をして一度も話せないまま好きな人の別れがあったりする。そういう人に直接でなくても感動を与えたりする人が恋愛偏差値の高い人である。

 モテる人と恋愛偏差値の高い人の違いは何なのか。まず、異性の接し方でわかる。モテる人は異性が何人集まってもコントロールできない。もしくは調子に乗るという場合もある。恋愛偏差値の高い人はまず状況を把握する。周りがザワザワしているときは本性を見せない。一人の時、時間が空いたときにうまい方法で異性と接したりする。

 モテる人と恋愛偏差値の高い人に惚れてくる人の質も違う。ただモテる方は結局のところ気持ちはどうでもいいのである。ミーハー状態になっている。ただ騒がれているだけである程度いったらどこかで終わりというものがある。本気の恋ではなく暇な恋である。ゲーム感覚でもあるので、三角関係ができても簡単に壊せてしまうものである。恋愛偏差値の高い人に惚れてくるのはほとんどが本気、本命モードである。惚れる理由もはっきりしている。夏休みなどでずっと会えなくても気持ちは変わってない。もちろん惚れている人もいろいろな人の中から選んで恋をしている。

 では、モテる人と恋愛偏差値の高い人の人間能力はどうであろうか。モテる人はその場その場生活で自分のことだけの知識しかない。だから自分に関心のないものは関係ないねって顔をしている。そして人間的にも軽いやつである。惚れてくるほうも軽いやつである。だからその分近づきやすいし話し掛けやすい。そうなると〜垂らしになりやすく、飽きたら別の人に交際相手が変わっている事が多い。それだとただ数をこなしているだけで本当の恋愛になっていない。自分も変わらないままなので恋愛偏差値もUPしていない。それなのにただモテる人達は恋愛のプロだと思い込んでいる。

 ところが、恋愛偏差値の高い人は一般常識的なことはすべておさえてある。政治、経済何でも意見を言えるようにしている。もちろん流行モノもおさえてある。何かを語る人は何かマイナスイメージを持ちやすいが、日ごろの出来事をうまく知識的に言えるのならすごいことである。ただ、自分の意見だけで語るのはおかしい。やっぱり顔もある程度カッコよくないとダメだが。そして人間的にも行動力があるので近づきにくいし、告白しにくい。だから惚れてくる方も表にはださない。だから他人には本当のことはわからない。

 もし、誰かを恋愛対象にしたとき、その人の話を聞いてみよう。何分か話をしているだけでその人の頭に中身がどうなっているかわかる。話していておもしろくても知識がなければ通じないし、知識があっても話が面白くなければ意味がない。恋愛偏差値の高い人は、話の中でうまくすべてを均等に話を出している。そして最大の特徴は一言一言に言葉の意味とその重みが大きい足跡のように響いてくる。もしかしたら今まで異性との会話中にドキドキ感があまりなかった人だと、相手の会話の一言一言が心の中にズドン、ズドンと突き刺さるかもしれない。それによってその人が恋愛偏差値の高い人かどうかみき分けるのも恋する一つの武器かもしれない。



    モテない男の言うセリフ
 ダメ男、チャラ男、なんて言葉あるが、そういうモテない男が相手を批判する時、実際どういうことを言うのか。
 第一に外見から。男はすぐにだれかが何かのファションをするとそれをやめろみたいなことを言う。それは、相手に対してやめたほうがいいよというのではなくて、自分の存在力がなくなるからである。理由なんてない。論理的な考えから言っているのではない。けなしているのである。特に地元主義はそうである。

 実際言ってくる人の現状はどうか。人間的にも力がない。恋愛も乏しい。特に坊主を貫き通しているクラブ部員(めざせ!甲子園)が特にそういう傾向がある。部活をやるのは自由だがそれをそのまま公共の場にもちこむな。高校生になると勉強、部活、バイト、そして最大の欲は彼氏(彼女)がほしいことである。そうなるとファション(坊主)とかがでてきていろいろなことになる。それでモテればいいのだがそう簡単にはいかない。結局、部室の中では恋がしたい恋がしたいなんて言っている(PENICILLINのロマンス状態)。もし、本当にあるファションして結果が出ている人だったら?結論は嫉妬しているのである。

 恋愛だけではなく力のある人は人に文句を言ったりしない。人の文句を言うことで稼ぎをしている人もいるがそれは仕事。自分に満足していれば周りは何をしてようと気にしないのである。力にない人は自己中でものごと運ぶけど、力のある人は周りを自己中で運ぼうとしているのではなく、あなたも自由にやってくださいと周りを自由にやらせて自分勝手にやっているのである
2004/6/25 (Fri)



 メガネの流行と恋愛偏差値     
 恋愛の一つのタイプとして、メガネブームというのが注目されている。2005、6年のメガネの売上は前年比と比べて増加しているという。メガネをかけてパソコン(ゲーム)に向かっている人はオタクだというイメージを持つ人やネガティブ思考を持つ人、ただのガリ勉人間という人もいる。だが、ひっくり返して日本全体にメガネブームが起きている。

 21世紀になってからメガネブームが日本に大きな影響をもたらしたのは、韓流ドラマ「冬のソナタ」で演じたペ・ヨンジュンにより韓流ブームともに流行り始めたのだろう。それから「電車男」によりアキバ系のオタクが注目されネタになっていった。男性のファッションというところからの流行となるとヨン様のスタイルから発展していったのだろう。

 女性の方も流行となっている。これもアキバ系の「萌え」からメガネフェチというのが注目され広がっていったのであろう。だが、最初の発端は以前ドラマでやっていた「HERO」で松たか子が演じた役柄から始まったのではないか。ドラマも高視聴率で注目されたのであのメガネスタイルも目に入っていたに違いない。

 今までメガネといえばプロ野球の古田敦也であろう。サングラスだと浜崎あゆみが一つのファッションとして取り入れてから若い女性の間でサングラスが流行した。最近ではメガネのベストドレッサー賞もありメガネをかける有名人も増えている。

 だが、メガネを取り入れたかといって恋愛偏差値は上がるとは限らない。メガネというのはあくまでも視力が低い人が使用するものである。それがただメガネをかけている方がモテるとか意味もなくメガネをかけている人がタイプというのは外見的な話である。フェチというのも同じである。わたくしもメガネを愛用しているが、実はメガネは大嫌いである。ただ視力が落ちてしまったためにしょうがなく使っているのだが、メガネをつけたからといっていいことがあったとは思っていない。
だから視力いい人やコンタクト、メガネをしていようと恋愛偏差値の基準にはならないのである。
2006/6/22 (Thu)








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