| 文章について指摘されることがあるが、これは小、中学生から内容が難しいと言われている事と、直接アドバイスとして話し掛けてる雰囲気を味わってもらいため、わざと口語言葉を入れながら書いている部分があります。ご了承ください。 |
後輩、本命ランキング1位を目指して〜
じゃあ、恋愛の流れって?小学生〜 小学生は初恋の片思いから始まるよね。友達には、あの子のこと好きなのだ〜とか言っている。ただ、かっこいい、かわいいとの理由から恋が始まるよね。しかし、交際するとかまでは至っていない。まだまだ、頭、体が成長していないので本当の恋にはさほど遠い。偏差値的にも50も達していない。
よくガキ大将が女の子をからかったりしていているよね。これが実は好きという表現だったりする。これを大人から見ると好きだから接していたい、話をしたいということである。まだ小学生なのでちゃんとした表現の仕方ができていないということである。
ここで使える恋愛ワザは席替えの時、隣が好きな人だといいなと思ったら好きな人が前で自分が後ろだった。その時、「先生、私は目が悪いので前に行かせてください。」と言えばいいのではないか。(ウソでも、、、)そうしてうまく好きな人の隣になれるかは分からないけど、近くにはなれるのではないか。これは中学、高校でも使えるワザだが。
中学生 入学した頃は周りとの差がないが、なかには受験により男、女学校にいってしまい普段異性と接することがなくなり今後、異性にコンプレックスを持ち始めるきっかけになることがある。くわしくは→恋愛偏差値用語編
では、学区内の普通学校へ行った場合どうだろうか。基本的に小学校と同じメンバーだったり、隣の小学校と一緒になったりする。そこで出会いがあったりする。ところが、思春期というものがあってここで少し差が出てしまう。小学校の頃は、ガキ大将的な人がモテる感じだが、これからの話がこのHPの主題である。たとえば、ガキ大将だった人がかわいい女の子を口説く。その子は男について行くが、3年生あたりから付き合っているにも関わらずほかに好きな子(本命)ができてしまう。ここで、三角関係というものができてしまう。そこまでくると偏差値は50を超えそうなところにある。まだまだ中学生だと恋愛に対してはじめてということが多いので不安だらけである。結局大人になったらこのころの恋なんて思い出話にしかならない。中学生カップルをみても大人から見ればすごくLove Loveには見えない。でも中学生だと好きな人ぐらいできてもいい頃である。
高校受験が終わって今までの緊張感がなくなったとき、もうすぐ卒業ということも同時にあって、卒業を前に好きな人に告白をする人が多い。しかし、受験後の相手の心理状態を考えてしまい(受験が終わってスッキリ気分)、気分を損ねたら悪いかなと思い、告白を躊躇してしまう人がいる。だが、モテる人はすでにいろいろな人から告白されているかもしれない。あまり相手の気持ちを考えると告白できなくなる。
中から高に上がるまでの流れは、中学を卒業して友達はみないろんな学校、職に就く。小を卒業したときもそうだが、友達とこういう話を絶対しないか?「高校いったら彼氏(彼女)作るんだ。」って話。高校入学するときの90%の人がそれを目標にする。実際入学して誰かを一目惚れするんだけど。
では、現実はどうか。まずどちらかが声をかけてまぁ普通の人だとOKをする。ここからこれからの人生恋愛が始まって失恋したり、また恋をしたり、そのまま結婚したり(同級生結婚)それでめでたしめでたし、、、、
それでは、このHPの意味がないので、こんな争いがあったりするんだよってところ、どこでもありそうだけど気づいていない、ドラマにもなっていない、本にも出版されていないことを書いていくよ。実際、こんな本を出して売れた人は一人しか知らないが。でもその本は個人の話を書いているので全体の話は書いていない。だからこのサイトで全体のLove deviation恋愛偏差値(Love論)を書く。そして恋愛革命をもう一度起こしていきたいと思っている。
高校ランクと恋愛偏差値の比例 高校へ進学するときは、公立高校にランクがあって自分の成績に合わせて高校へいくよね。実は、恋愛偏差値の高い人は頭もいい。トップではないがそこそこの頭は持っている。先に結論を言うが、中堅進学校がトータルにいえば頭がよく、かわいい(かっこいい)し、恋愛もできる人が多い。
こういう話を先生などから聞いたことはないか。がんばっている人ほど目つきが輝いている。普段、普通の顔していても何かを取り組んだとき急に目つきが変わったり顔つきが変わったりする人を見たことはないか。テレビでスポーツ選手を見るとよくわかる。ボールを打つ、投げる瞬間、走っているとき、そして喜びなど様々ある。
これを一般生活にたとえてみよう。つねに努力をしている人、夢に向かってがんばっている人がいると思う。やはりそういう人は目つきがいい。では、高校ランクとどんな関係があるのか。
これは中学でどれほどがんばって勉強して高校に入ったかである。誰もがいい高校に入りたいと勉強をするだろう。その結果が顔にも出てくる。努力に関してはまえがきに詳しく書いてある。しかし、エリート顔、天才顔、勉強することがあたりまえだと思っている人は、顔には出ない。むしろ天才面が出るといったところか。そういう人たちは恋愛をマニュアルでする。学力が人生すべてではない。だからトップ高は除外する。逆に、中堅高以下の学校はどうだろうか。普段の生活もパッとしてなく、楽して高校に入ろうとしていた人ばかりだ。やはりほかの人と比べたら顔つきも悪く、目も死んでいるような目つきをしている。お互いを潰し合い、周りにも好みの人がいないためナンパに走ったりする。恋愛して失恋しても反省の色もなく、数だけを自慢しようとする。これでは、恋愛偏差値も40以下である(地元主義)。
進学中堅高には将来の目標がはっきりしている人が多い。だから中学のとき一生懸命になったりする。もちろんいろいろなことをしながら目標に進んでいる。努力度でいったらトップ高より中堅高の方が上ではないか。よって目つきも輝いている人が多い。
私立の男子校、女子校を希望している人はどうか。ちゃんと希望する前にすべての欲が満たされるような学校選択をしているであろうか。恋人がほしいと思っても、もちろんそういうところに行けば日常生活で異性をシャットアウトする。やはり近くに恋人ができる方がいい。そういう学校を選ぶと高校に入って恋人の作り方もわからなくなる。そういうことも考えて学校選択をしているのか。実はそういう人たちが大学デビューをするのだけど。
中学で好きな人がいて高校もその人と同じ学校がいいと思うよね。しかし、レベル等でどうしても違う学校にならざる得ないということあるよね。同じところに行くために勉強して同じ学校へ行けるようにするというものいいが、それでも差が埋まらないというならせめて同じ方向の学校へ行くのはどうか。そうすれば行き、帰りと同じ時間にいけるかもしれない。バス、電車が同じになるかもしれない。どちらかが部活をやるなら時間は合わないと思うが。だけど、どこかで会える確率は高くなる。高校へ通う方向が違うと中学を卒業してから全く会えなくなることが多い。だから同じ方向に行くというのも一つのカギである。
恋愛に関しては天才でなくてもいいが、そこそこできる人がいい。やはり同じ格好をしていても何か違く見えるときがある。それは生活によってもともとの顔つきが違うからである。同じ化粧をしていても何か違く見える。それも技量ではなく顔つきの問題があったりする。中学生の皆さん、本当に高校へ行ってかわいい(かっこいい)彼氏、彼女をGETしたかったら勉強してなるべくレベルの高い高校に行きなさい。そしてその高校にどのような人がいるか調べる。調べるには学校行事もそうですが、下校時が一番いいです。学校の特徴が分かるだけでもそこに自分の理想の人がいるかどうか見分けはできます。ただ高校の場所によって家から近い人がたくさん入ってきて、その人たち(地元主義)につぶされることがあるのでご注意を。そして自分を磨くことも忘れずに。
高校生、基礎つくりから応用へ この頃から本当の恋愛の基礎固めになるよね。ここの部分は高校生だけではなく初めて恋をするなら誰でも該当する場面だから読んでみてください。
高校は義務ではないのでそれぞれの進路が違ってひとりになってしまうことがある。そこからが自分としても勝負である。恋愛はソロ活動なので自分の力がどれだけあるか試されるときである。そして視野も広くなる。高校を入学してその時に、まだ現実の準備ができていない人がいる。初めて告白されてビックリしたりして素直になれないとか。そのことについては→片思い(本命)〜告白U(告白して振られたとしても)
そしてこの年頃の女の子の場合、先輩、年上をタイプをする人が多い。たしかに自分の周りの男と比べたら魅力的に見える。でも距離は遠い。しかし、はっきりいってただの学校のクラブ部長だったら、簡単にアタックできる。理由は、逆三角関係の最後の文に書いたことそのままだけど、これは後で詳しく書いてある。
高校生になるとちゃんと恋愛対象とする人の見方というのが変わってくる。中学までは外見的な事が多かったが、成長をしていくとやはり内面の部分を重視してくる。今までとは違い、見えない努力や一生懸命さを評価してくれる人が増えてくる。外見には自信はなくても、一生懸命さをみて恋愛対象にする人や努力家をタイプにしている人がたくさん出てくる。最初は外見で好きになっても、その人の努力さを見てもっと好きになったりする人も多い。そういう見えない内面を見られるようになり、それを恋愛として気づいていけるようになると恋愛偏差値もUPする。
女の人が自分より背の低い男を好きになるとき、外見的なことより、内面的なことにより惚れている場合が多い。これはまさにこのパターンである。または上にも書いた通り、後から内面を見てもっと好きになることがある。そうなっていくと好きになった理由なんて答えられない。告白する時は言えるかもしれないけど、人に聞かれたり、時間がたってくると外見的な言葉では言えることではないので答えることはできない。でもこれが本当の愛ではないか。自分の心の中でしかわからないものだから。
自分の合っている高校に行っているなら、絶対その中に自分の理想の人がいるはず。高校は一番自分の考え方が同じような人が集まっているところ。普通、全国どこでも高校受験をやっているので、自分で学校を選ぶ権利があるはず。公立と私立だけでも全然違う生活になる。私立は、校則などがあり恋愛と反するものがある。この人、髪染めれば魅力的になるのに、ファッションが違うだけで全然違う人に見えるのに。これは恋愛に関してすごくマイナスになる。だから私立にパーフェクトな恋愛は持ち込めない。このせいで自然にコンプレックスを持つようになる人も出てくる。
実際、モー娘タイプの女はそのへんにウジャウジャいる。だからつんくが書いた『Love論』はフィクションではない。本当のところ、高校生活は一番理想の恋愛をできるチャンスなのである。
高2あたりになると校内カップルが増えてくる。どういう関係かかわらずここで半分が初告白をする。遅いかもしれないが、実際そうである。平均値というべきか。ここで交際がらみの関係ができるようになると標準レベルである。本当はほとんどが高校デビューってやつだけど。人間力も差がついてくる。
3年生になっていくと恋愛偏差値が40〜70までひらいてしまう。ここで偏差値40台の話をしよう。それは、全く恋愛に接していない人が彼女をほしいなんて言っている人。近くに女の子がいるのに話すことがない人、相手にされない人。そういう人がまず走ることは、年下(ロリコン)現象である。年下だったら口説けるだろうなんて思っている人。これは無意識の世界なのでそういう人は怒るかも。これもモー娘と合致している部分がある。でも、そういう人って元々の人間としての力がないのよね。もう一つはナンパ。ナンパは、最高の恋愛か?ただ、外見だけで判断してその人のすべてがわかるのか。結局、ナンパで成功しても将来みえていることが多い。ナンパはきっかけにすぎない。ここで言えることは、女子の年上現象、男子のロリコン化。これは一致しているように見えるけど本当の恋愛ではない。男の場合、ただ笑いをとっているみたい。女は年上ということでついていく。しかし、おもしろそうには見えない。男は変わっていないと20過ぎても高校生を狙っている。
このころになるとアキバ系というのも出てくる。そういう人は恋愛偏差値対象外になる。アキバ系の詳しいことは恋愛偏差値用語編に書いてある。
この年になると異性の体を触ってみたいという欲望が高くなりHに走る人がいる。それはさておき、体を触りたいということで、男子校や女子校の場合周りに異性がいないから同姓同士で人の性器を触っていたりする人がいる。同性でHプレイをしているということ。簡単に言うとそういうのは「ゲイ、ホモ」や「レズ」という分類になってしまう。こうなると異性というものにもおかしい方向になっていくよね。
もう一つ、特に今まで目立たなかった、目立ちたいけど存在力がないという人はこの時期からタバコを吸い始める。これは部活をやっていない人が特にそうである。すでに地位を固めているヤンキーや暴走族は除いて、普通に暮らしている人に傾向がある。タバコを吸うことで大人の仲間入りになったつもりか。タバコを吸うことで自分の存在を示している。女の人の場合、ギャルになっても目立たない人がいる。そういう人がカッコつけでタバコを吸う。そうなってくるとマイナスの方向に進んでいってしまう。いくらギャルでも恋愛偏差値は40以下である。
最後に、高校生の裏ワザとして机に自分の携帯番号を書いておく方法がある。いたずらされるかもしれないが人の机なんてよほどのことがないと見ない。誰かに告白されそうとか、とにかく恋人がほしくて意外な人でもいいから告白されたいのならこの方法でもいいかもしれない。もうひとつには放課後に自分の教室を占領してしまう方法がある。学校の放課後は部活の声が聞こえるが、あまり気にならない。そのかわり学校の全部の窓を閉めてあげたり、電気を消したりして先生を困らせないようにする。一番自然に教室を使えることは受験勉強である。そうしていれば関係者でないと教室に入ってこないし先生にも関心度が高まる。勉強でわからないことがあったら先生に質問しにいける。経済的に塾、予備校にいけない受験生には一番効率がいいと思う。そうしておけば、もし付き合っている人が部活をやっている人やなにか関係がありそうな人にはタイミング的にもいい。簡単にツーショットになれる。そしてこれは場所を覚えさせるというメリットがある。あそこに行けば好きな人がいるから告白できるとか。学校でも探せばいろいろな恋愛に関しての裏ワザがある。
参考→ 出会い編
高校生の流れは、恋愛年間周期に当てはまる。年間の流れに関しては参考してもらいたい。 → 恋愛年間周期
ルールも知らない高校生(スポーツ野球編) この話は他のテーマにも関連している話であるが、高校生の授業で少し信じられない光景を目にすることがある。
一つは体育の授業。3年間の授業の中でソフトボールはほとんどの学校がするであろう。ソフトボールといえども、基本は野球とほぼ変わらないので野球のルールさえ知っていれば、誰でもできるスポーツである。だが、その野球のルールすら知らない人がいる。ボールとバットとグローブをもって競技をすることは分かるが、実際バッターボックスに立ちボールを打ったとしてもその後何をしていいのかわからない。教えられて1塁2塁ベースへ走ったとしても、1塁ベースならまだしも2塁ベースをそのまま真っ直ぐ突き抜けてしまう(外野の方へ走るということになる)人がいる。もしそういう場面があったらかなりビックリする。わたくしのクラスにもそういう人がいたし、他の学校でも一人はいる。
野球といえば日本の国技ではないが、親は子供を作り、大きくなったらキャッチボールはするであろう。家でもテレビを観ていれば野球中継をシーズン中には見るであろう。それだけでもルールは自然と覚える。興味がなくても必ずスポーツの話題にはなる。それなのに親と一度もキャッチボールをしたことがない人がいる。家庭の事情はともかく、もし父がいなくても母がかわりに。親でなくても小学生の時友達と一回ぐらいはキャッチボールをしているであろう。女の子でも野球を全く知らないということはないと思う。それだけでもルールは自然に覚えるものである。それなのに全く野球のルールすら知らないというのは、高校生になって逆におかしいのではないか。
そういう高校生が大学受験をすると、もし英語の試験問題が大リーグに関する時事英文だったらどうなってしまうであろうか。「キャッチャー」を捕まえる人(警察官)と訳し、「3塁ベース」を第3の牢獄と訳し、しまいには「ランナーが走った」を泥棒が逃走したと訳すのである。野球の話をしているのになぜか犯罪の話になってしまうという事態が起きてしまう。本人は完璧だと思い答案用紙を提出するだろう。野球の話だけに限らず、他のスポーツや話題でも同じ現象が起きていることがある。
そういう人が最先端に立っていいものなのか。いくら優秀な人間でも日常生活からの欠如により、逆の意味で非常識な人になっている。これは恋愛偏差値としては論外となる。よくどこの野球チームが優勝しようと自分の人生には関係ないと思う人もいるが、例えば、初対面の人との最初の世間話として昨日の野球の話題をしてきて(○○チームが優勝したね)、そこで意気投合して今後の関係へつながっていくこともある。話題や特技を多く持つというのはとても有効なことである。そして子供の頃からこれはしているであろうというものをしていないと、後でしっぺ返しが来ることがある。それだけで差をつけられてしまうことはもったいないことではないか。 2008/11/14 (Tue)
進路選択と恋愛 高校卒業したときの進路の選択は大きく分けると4つだが、恋愛に関しても進路によって違ってくる。個人能力に関しては高校生のところで書いたが、現高校生カップルの行方はどうなのか。
その高3になると今後の進路に進むため準備をし始める。そのためひとりひとりの価値観まで変わってしまうのだ。だから夏休みの過ごし方によって9月になったときそれぞれが全く違う人間になっていることがある。その後も能力によって進路変更した人も1ヵ月後に会ったりすると別顔のようになっている人もいる。
恋愛に関しても高3から付き合い始めるカップルは少ない。その人同士が同じ進路先なら問題ないが、進路が違うとプライベートの時間が少なくなる。だから付き合っても進展しないし結局つまらない付き合いになってしまう。
では、高1,2から付き合っているカップルはどうなのか。本当に愛し合っているなら将来結婚しているかもしれない。それでは、お互い進路が違って卒業と同時に離れ離れになってしまうカップルはどうであろうか。家が近いなら今後も付き合っていける。下宿してしまうことだったら毎日は会えないだろう。もともと軽い付き合いだったらそこでさよならしていくだろう。しかし、本気で好きだったら後をついていくと思う。
だが、例えば、片方は就職して片方は大学へ行ったとするとお互いの価値観が変わると思う。まず、会う時間は減るだろう。そして相手に見えない部分ができてしまって、もしかしたら二股をかけてしまうかもしれない。やはり同じ場所にいる人のほうがいいからそういう道に進んでいくことはしょうがない。浪人生でもそうだ。浪人生は充電のために1年間過ごしている。そしたら今まで付き合っていた人が他の環境で出会いがあって自分から離れていきそうだ。それははっきりいって浪人生はその人のことをあきらめるしかない。その人とはそこまでの関係だったということだ。もうその人のことは忘れて大学に合格したら新しい出会いをすればいい。その他いろいろな組み合わせがあると思う。
就職する人はここで最大の問題がある。正社員として働くのなら構わないが、フリーターとしてやっていこうとする人。今の時代は一度フリーターになると一生抜け出せない状況がでている。これは能力の問題もあるが、もちろんずっとフリーター生活をしていると収入面が圧倒的に差が出てしまう。その状態で恋愛をし、結婚をするとなったら収入の面では大変な苦労をするだろう。このことについては、社会人編〜結婚 に詳しく書いてある。(労働問題から見た恋愛事情)
今回のテーマは、恋愛偏差値とは関係ないが、高校を卒業するとき一人前になっていればどこでも恋愛はできる。もちろん恋愛偏差値が高ければまた同じタイプの人間を探すことができる。そして価値観が変わってもなんでも人の気持ちがわかる人間になることが重要だ。
学校生活での特別人間関係パターン これは特別な話だが、学校特有の人間関係パターンがある。同じクラスにいるにもかかわらず、何かのタイミングの違いで接する機会がないとお互いそれぞれがマイナスイメージとして捉える人がいる。これはどういうことなのか。
ある人と同じクラスになって誰かを好きになったとしよう。そして好きな人とは特に接する機会がなく1年が過ぎ、クラス替えになっても同じクラスになったとしよう。それでも思いは収まらず、アプローチがしたいと思い話しかけたとしよう。いきなり告白して、相手も「実は・・・。」と言ってきて結ばれるようになるのならそれでいいのだが、ところがアプローチされた側は変に警戒をし、避けるような態度を取る人がいる。特にこれは女性の方に傾向が見られ、学校生活の半分が過ぎ始めようとしたときにこの現象が起きる。
なぜ、こういうことが起きてしまうのか。相手と以前何かがあったとか、相手のことをすべて知っていてそういう態度をとるならまだしも、同じクラスにいたのだから知らない人に声をかけられたわけでもない。これは同じクラスにいるにもかかわらず、何もコニュニケーションを取っていないと気まずい関係と捉え、勝手にその人のことをマイナスイメージと取る人がいる。おそらくもう話をしない人=(イコール)いい人ではないと思っているのだろう。なぜいつも近くにいるのに話をしないなんて気まずい、気持ち悪いと思っているのだろう。だから実際にいきなり話しかけられたら拒否反応を起こし避けるような傾向となってしまう。同じクラス内でも人によって気まずい空気が流れている部分があり、別世界になっているところがある。
これは価値観の違いによって出てくるものだとと思うが、もし恋愛として人を見たとき、相手がどういう人間かという分析する資料にはなっていない。避けるというのも相手の人間性を見て避けたのではなく、その気まずい空気によって拒否されたのだから、恋愛感情には一切触れていない。だからこの状態で好きな人から避けられた場合、今までタイミングを逃してきたのが悪いということより、学校特有の人間関係の空気のせいで失敗したといってもいい。
小学校まではクラス全員と仲良くしようという指導があって、異性関係なく誰とでも仲よく話をしていたよね。中学になるとクラスの中にグループの輪ができはじめ、価値観や異性の意識等で人それぞれが自覚し始めてくる。そして高校生になると義務教育でなくなり、お互い目的意識をもって学校に来るようになるから、いくら同じクラスになっても仲良くなるタイミングや価値観等が合わなければ、そのまま素通りになってしまう。クラスの人と仲よくなれと指導もないよね。そういういろいろなことがあり、学校生活の流れによりできてしまった人間関係状況で恋愛を発展しようとするとすごく難しいことになる。こうなってしまうといくら恋愛技でアピールしてもダメな可能性が出てくるため、縁がなかったとしか言いようがない。その恋だけで学校生活を終わらせるより次の気へ進んでいった方がいいと思う。
でもそんなことで人を避ける人なんていい人ではない。たまたま同じクラスでも縁がなかっただけで実際話したらとても気が合う人だったということもあると思う。それなのに相手の人のことを知らないで、うわさや学校の流れのせいで同じクラスでも話をしない人は別世界と考え、変に避けるようにするようにする人はおかしい。そうやって変に人間関係を分けている人は恋愛偏差値の低い人だろう。クラス全員の人と話をしろとは言わないが、話をする時期が遅くても、相手と結局共通する部分があるなら受け入れてもいいと思う。 2005/11/9 (Wed)
大学生 大学生の恋愛は、はっきりいってレベルが低いです。では、大学に進学する人たちは充実した高校生活を送っているかというと送っていません。高校生活に関していえば負け犬です。ある予備校で「人生の勝ち組になりたいか」なんていわれて、おまえらは高校の負け組だろっていいたい。頭の偏差値が50〜70あっても恋愛偏差値は40以下だよ。人生において大学は絶対いかなくてはいけない場所ではない。18歳で結婚してしまう人もいるし、プロスポーツの世界にいく人もいる。家計の問題でいけない人もいる。自分も大学に携わっているので余計にわかります。わたくしは、高校生活を充実させて大学へいっているので自分はそうではありません。
では、実際の大学生活はどうか。入学するときのノリは、中から高にあがるときの気持ちと変わらない。だって、高校で恋愛できなかった人たちの集まりだから。しかし、高校と違うところがある。大学生(18歳以上)ということで、バイトの給料が高い、いままで行ってはいけなかったところにいける、車の運転ができる。身分が高くなった。だからといって最高な人と出会えるかというとそうではない。
大学で好きな人ができると、すぐ近くにいて、いつでも告白できるような距離であり、仲のいい友達だったら問題はないが、週に一回しか会わないとか知り合いではないけど何とかしたいというときはどうしようもない。大学は人数が多く、完全にクラスというものはないのでふつうの塾と同じ状態になる。そういうときは、もうナンパ状態で声をかけるしか手っ取り早い方法はない。高校の先輩後輩関係で声をかけるより勇気がいる。
男子学生の場合、今時のファションをしているのもいるけど、流行に遅れていた人たちが今時のファションをしているだけである。だからカッコだけで中身はない。簡単に言うとチャラ男ということだが。友達関係の輪でも全員同じカッコをしているところもある。その人たちと合コンをしても誰をとっても同じである。逆に今(高校)まで最先端のファションをしていた人は元の姿に戻り、中身を磨いているのである。女子学生でもギャルはいるが、まだそんな格好しているのと言いたくなるような人もいる。高校のときある雑誌に出ていたとしても今は普通のカッコ(第二のファッション、大人風ファション)をしている人が多い。
大学生のトークはどのようなことが話されているのか。これは大学生だけでなく恋愛偏差値の低い人はそうなのだが、とにかく話題の数が少ない。大学生は自分の好きなことや趣味に関してはいろいろなことを知っている(マニアといってもいい)が、他の話題になると関係ないって顔をする。すごく重要なことや誰もが話題にしそうなもの、学校の話題あるいは今騒がれている出来事であるのに関心を持たない。例えば、母校が箱根駅伝に出たとしても実際一般学生で100人いたら、テレビで見たり応援に行った人は5%以下である。おまえ何しに学校行っているのだと言いたくなる。今、人気(話題)の本を読んでいるかと思うがそのことも知らない人もいる。下手したら常識知識だけを知っているエリート小学生より何も知らないかも。人間レベルとして小学3,4年レベルの人もいる。いくら話せるネタがあっても一つでは足らない。いくら一つのことが話できても相手にとって途中でどうでもいいと思ってしまう。面白くない。大学生でもいろいろな話ができる人が恋愛偏差値の高い人だ。
ある女子学生の世間話である。私の好きなタイプは芸能人でいうと、、、
なんていったりする。たいていは今一番売れている人の名前をいう。そしてその人の特徴などをいうのだが、外見的なことばかりである。それってただメディアに囚われているだけではないか。芸能人に頼って自分のタイプをいうような人は、恋愛に乏しい。芸能人ならともかくマンガのキャラを言い出す人(女子校出身に多い)はもう論外だ。芸能人もマンガも作っている部分がある。いくらでも変えることができる。ファション理由で取り入れるのはいいが、人間性を取り入れるのはちょっとおかしい。実際その人に会ったことあるのかと言いたい。
大学は、全国から来るのでいろいろな人がいる。だが、その人たちの今までの過去がわからない。いくらその人がいいといっても実はトゲがある。大学を第二の人生とする人もいる。例えば、甲子園に出場してプロに行く予定だったが、肩を壊し野球ができなくなった。あなたは大学でその人に初めて会って、好きになってその人が野球をできなくなった気持ちがわかるか。彼は、かっこいいのだが、すぐけんかをする。実は元ヤンキーだった。なんていい過去やつらい過去を持ってる人がいる。たいていそれは性格にもでる。それでよく理想の人に出会ったなんて言えるのか。
大学には留学生がいる。もちろん勉強をしに日本へ来ているのだが、留学生が結構かわいかったりする。日本人が留学生に告白をする人もいる。しかし、結婚している人もいたりする。その話を聞いたときちょっとおもしろかった。
数年前、ある学校の人の主催であるクラブ(サークル)が摘発され、そのリーダーたちが逮捕された。結局、その人たちも高校の負け犬で大学を利用して活動をしていた。自分の感想は、所詮負け犬の集まりなんだよ。だからこんなことになるのだよ。って言いたい。(懲役14年) 事件編
よくどの大学にかっこいい、かわいい人がいるのとかうわさになるけど、基本的に大学でどの学校が〜というものはない。その学校へ行ってみて自分と出会った人によって判断をするのである。でも、1学年に1000人以上いる有名大学だと一人ぐらいは何かですごいやつはいる。一般学生でネットにより大儲けしている人や事業を起こして大成功している人(年収3000万)、税理士資格を取ってしまう人、ホストで1番を取ってしまう人。そして恋愛偏差値の高い人。逆に大学デビューもいれば、事件を起こす人。簡単にいうと、1学年に1000人以上いる有名大学は全部存在するということです。学校名はただのブランドであり、大学に何かすごい人がいたとしても、自分が出会っていないだけで本当に一人一人当たってみたらそういう人がいるということです。ただそういうことはできないが。
でも、本当に人生のマニュアルだけで生きているという人のほうが多い。これは学力偏差値ぶっているような学校ほど多いのだが、本当に今まで20年生きてきたとしても何か欲を考えたことがないのか、自分で親等に反抗したことないのかという人も感じられる。大学生になってどこか遊びに行っているとしてもただのマニュアル的な流れだけで行っているような感じも受け取れる。だからあそこへ行けばおしゃれをするようになるとか、性格的にも変わってしまうとか、そういうことも感じられない人もいる。それは本当にマニュアルだけで生きているということだが。
大学生の就職難と言われているが、4年間遊んでいて就職できるわけないだろう。ただ4年間を今までの知識だけで何とかしようとし、新しいことを学ぼうとせず、それで単位を取ってうまく卒業にもっていく人がいる。それでは4年間何も成長せずに通り過ぎたということになる。そういう人は「浦島たろう」に状態なって卒業する。そして自分のことが分からずにそのまま時間が過ぎていく。就職活動になると自己分析とかいって実は人間性も無かったりする。自分の表現もしたこと無い人たちがそのまま小、中、高の教員になろうとするからおかしい。例えば、人気の職業であるTVの仕事や飛行機系の仕事は、人間力だけでなく容姿というのも入ってくる。本当になれる力があって希望しているのか、ただの夢で希望しているのか。案外、もともと対象外にされそうな人でも希望しているような感じも受けられる。だから実際の倍率は高くても、競争倍率は限られているかもしれない。そういうことも気づかない人はもちろん恋愛偏差値も40以下のままである。
大学でのミス○○ よくいろんな所でミス○○という称号をつけそこのイメージガールとして表現している所がたくさんあるよね。これはある地域でのミス○○だったらそこの地域の特徴を示すためにやっている所が多いが、大学の場合は何のためにやっているのかよくわからない。
ではその催しにその在校している大学生全員知っているかというとそうではないと思う。そして参加している人、審査員をしている人が本当に美人等を選ぶ際のプロであるかというとそうではない。そしたら全校で人気投票をしているのかというとそうでもないと思う。
やはりこういうこともある一部だけで盛り上がっているだけではないか。ではチャンピオンに選ばれた人のことをそこの学校全員が知っているかというとそうではないと思う。そして候補としてあげる人も本当にその学校にいる全部の人をスカウトして候補を選んでいるとは思えない。だからもしチャンピオンに選ばれたとしても本当のチャンピオンではないと思う。
結局は、選ばれた人がただいいイメージと称号を得るためのモノだと思う。そして選ばれた側と主催する側が自己満足するためのものではないか。選ばれたかといって学校で1番とは限らないと思う。大学生のことは前にもたくさん書いたとおりにマンモス大学だったら一人一人が本当に何をしているかわからないし、本当の能力がどこで発揮しているのかもわからない。ミスの候補がカンニングをしてようが、AVに出演してようが、マンモス大学となるとそんなものは本当に分からない。わたくしから見れば、大学名のミス○○なんて何の意味のないものだと思う。よくテレビ業界の新人がある大学のミス○○と言う肩書きをつけて入ってくる人がいるが、本当にそれは単なる名前だけの肩書きではないかと思う。地域によるミス○○は地域の活性化によってイメージを作るためにやっているため立てているが、大学のミス○○は何の意味ももたらさない。なぜなら各大学すべての人が認知しているわけでもないのだから。 2005/4/16 (Sat)
その他の学生、生徒 これまで小学生から大学までそれぞれの流れを書いてきたが、まだまだ学校といわれるものはたくさんある。ただ必ずしも行く必要のない学校、今回は専門学校と大学院を中心に書こうと思っているが、しかし年齢的に学校へ行かず職に就いて社会人になっている人もいる。だから年齢に関してだと社会人と同じことになるのだが。ここでは人間の中身について書くことにした。
高校を卒業して専門学校に行く人もいる。ただ、その専門学校へ行くときの動機が重要である。あなたが本当になにかの専門職に就きたくて行くのならそれはそれでいい。しかし、高校のとき本当は大学に行きたいが、ムリだから専門へ行くという人の方が多いのではないか。それは逆消去法である。最初から専門へ行くと決めているのではなく大学へ行けないから専門へ行くということである。高校生の時点であなた自身の人間能力が試されているのである。それは受験勉強が苦しくても大学へ行くという努力というものを放棄しているのである。何ごとも努力するということを捨てているのである。楽をしようとしている。確かに専門学校は誰でも入れる。だからといって自分に楽をしてはならない。これから大学へ行こうと思っている同級生はあなたと同じ高校生である。
だから専門学校へ行った人は努力を知らない人たちが行っている人が多い。卒業さえすればなんかなるだろうと思っている。以前、プロ歌手、ダンス等を目指す専門学校を見る機会があって行って見たが、どう見ても常に厳しいレッスンはしていない。ただ教わっていることをこなしているだけで緊張感はない。ただどう見ても遊びに来ているとしか見えなかった。よくモー娘のオーディションでサバイバル合宿をやっているが、あれには全然レベルが違う。でも歌手を目指すにはあれくらいの努力がないとダメである。そして専門学校へ入って資格をとるのにもお金(授業料)を払えば取れると思っている。資格をとっても自分にそれに合った能力をつけないと職に就いても使いモノにならない。だから自分のレベルが落ちていくのである。
努力も知らない人にすごい恋愛ができるかというとそうではない。例えば、好きな人を追っかけるために努力をすることがある。しかし、なんとかなるのに努力を知らない人だと、まっいいかと諦めてしまう。普通だとどこまでもついていくと思うが。だから専門生に恋愛偏差値の高い人はいない。ロリコン化現象も専門生が多い。
最近、大学進学でも不況のせいで大学側から来てくださいというところもある。そういうところは偏差値も低く、誰でも入れるような学校である(学力偏差値44以下)。そういうところでも楽して入っているので人間能力は同じである。ただ進路先が違うだけである。
もう一つは、高校でも単位制の学校が増えている。単位制だと全く大学の状況と同じになり、クラスは無いし、自分の予定だけで学校に来て用事がないとすぐ帰る。それだと永遠に一人になってしまう。大学と同じようにナンパ状態でいかないと友達も増えない。だから単位制で友達たくさん作るぞといってもなかなかできない。恋愛もきっかけが無い限り、校内で簡単にできることはできない。
大学から院生に残る人もいるが、ここでは恋愛展開というものはない。基本的に年齢も20を超えているので恋愛に関する考え方は社会人と同じである。院生だから恋愛がすごいというものはない。ただあくまで大学の延長である。恋愛状況が今まで経験もなく大学院でも人間関係が大幅にかわっていない(できなかった)のならそれは重症である。そういう人は人間関係も乏しいので社会に出ても使いモノにならない。
→社会人編〜結婚へ
