| 文章について指摘されることがあるが、これは小、中学生から内容が難しいと言われている事と、直接アドバイスとして話し掛けてる雰囲気を味わってもらいため、わざと口語言葉を入れながら書いている部分があります。ご了承ください。 |
♪Lalalalala〜タンスにゴン!!! byDJ OZMAのデビュー曲「アゲ♂アゲ♂EVERY☆騎士」から
学校編
結ばれなかったとしても恋愛対象として成立してもおかしくない関係 恋愛対象というのは、好みにもよるが、自分から見て年上、年下、顔のタイプ等いろいろあると思う。だが、個人の事情により結ばれない恋や手出しできない関係(身分、肩書き等)、もある。例えば、社長の娘と言ったとしても、自分とは世代は同じで顔や性格もタイプに入る。そして仲も良い。だが、社長の娘ということで手出しができない。でもただ表面的なプロフィールだったらどうであろうか。別に同じ世代での結婚なんて世にいくらでも存在しているし、肩書きを外してしまえば、普通の人間関係として付き合える。そしてその中で恋も生まれる。それでも事情により恋愛対象として最初から外されてしまっている関係。現実では恋愛対象として外されてしまっているが、標準に考えたらタイプなので恋愛対象として見てもいいような状態、関係のことを指している。それを全部取っ払ってフリーに考えた場合、恋愛として成立させていいものなのか。
ズバリ、それは成立させてもよい。恋愛は自由なので誰と誰が愛し合っていようとそれはそれでいいのであるが、恋愛にも他の人間関係は付きものなのでそれもうまくやっていかないといけない。
そこが問題であるが、その人間関係の事情によって接することすらできないこともある。他の人間関係の方はこのHPで取り上げることはできないが、事情によりできなくても恋愛が存在するような状況なった場合のことは他のテーマで取り上げようと思う。ただ不倫や浮気は対象外です。 2008/8/5 (Sun)
結ばれない恋愛からの発展〜逆誘い??? 成長して年頃になると、出かけるときの服装や身だしなみ等気を配るようになって、いろいろなファッションで街を出歩くようになるだろう。例えば、そういう高貴なファッションで日曜日出歩いた場合。ある用事があって家を出てから目的の場所へ行く途中、たまたま近所の人に会うと挨拶をする。近所の人が服装や年頃を判断して「これからデート?」とか言ってくることがある。もちろん近所の人も半分冗談で言ってくるし、言われた方も嘘、本当別として違うと言うだろう。では、それが恋愛関係として存在してもおかしくない関係での会話だったらどうであろうか。
なぜそんな設定で話をするのかというと、話自体が冗談でも冗談に聞こえなくなるからだ。自然に壁を作っているため、セリフから態度まですべてが遠回りになっている。遠い片思いや恋愛対象として最初から外されてしまっている関係だと、生活も分けてしまうので相手の生活なんか自分には関係ないような感じになる。それで状況とセリフが近所の人と同じような感じになる。
だが、言うセリフは同じようでも、実現性があるからだ。普通の人間関係として付き合おうと思えば付き合えるし、恋愛として発展させようと思えば、発展させることはできる。だから普通の片思い恋愛と同じように、逆に「デートしたいの?」と突っ込もうと思えば突っ込める。それと同じ感覚にできるのだが、事情によりそういう風にはならない。
じゃあそういう事情も全部取っ払った発展はできないのか。こういう場合は、前に挙げた社長の例からいくと娘の方からセリフを言ってくるという可能性はある。人間関係の立場が低い方だとなかなか冗談でも言えない。たいていそういうことを簡単に言ってくるといくらあたりまえなセリフでも脈がありそうな状況にはなる。なぜかというと、事情があるならそういうセリフさえも気よ付けるようにするし、好きな人に何かを言うとき、人の話だとしても自分にも当てはまってほしいようなことも言ったりする。そこが近所の会話と違う点で裏を返せば、アプローチということになる。その逆を取ってしまおうということ。
そういうセリフの例を取ると、「デートですか?」以外に「食事の予定でもあるんですか?」とか。そういうことを言われた時に、「では今度機会がある時に食事でもしませんか。」と言おうと思えば言える。本当にアプローチセリフで言っていたのであれば、相手は喜んで受けてくれるだろう。ただ本当に成立してしまうと気を使ってしまうので展開が読めない。もしかしたら急展開になるかもしれないが、逆に噂となってお互いに悪影響を与えてしまう可能性もある。社内恋愛が禁止というような会社だったら出世に響くかもしれない。
*このテーマは恋愛関係より人間関係の方に重点があるのでこの情報が原因で発生した損失や損害については一切責任を負いません。特にビジネス絡みは。
くわしくは→免責事項
2008/8/29 (Wed)
心のブレーキを掛けてくれる人 よく普通の人間関係でも何かの話をしていて、急にピンタをされハッとする時があるよね。そういうときは大抵口論をしていて相手がすごく間違っていること発言していたり、話の中から相手の感覚を気づいてあげたい時に反射的に出てしまうことがある。ピンタをしなくても何かすごい助言をして相手の心のブレーキをかけさせることもある。
人間が何かの目標に向かって生活していくことはとてもいいことだと思う。だがそれが、いつの間にか違う方向に進んでいったり、何か間違っていることへ進んでいったりすることがある。相手の視野が狭くなっている時に友達や恋人が相手の行いを完全否定するような大胆発言をして相手の原点を考えさせるように仕向ける。最初は相手も何だよと思うかもしれないが、後からなぜそういう事を言われたのか理解でき、相手の方から謝礼の返事が返ってくるかもしれない。
逆に告白前の助言もそう。誰が告白をするのに躊躇していて、その時に友達が励ましの言葉をしてくれた。これはブレーキというよりアクセルを掛けてくれたということになるが、今まで引っかかっていたものが取れて前に進めるようになった。これもいいことである。
恋人でも自分の行いをうまくコントロールしてくれる人。自分が何か詰まった時に発言をしてくれる人。そのことによって交際がうまくいっているカップルもある。それこそベストカップルへ近づいているということではないか。組み合わせとして女性の方が一世代上のカップルは、男性よりも女性の方が人生経験も豊富なので、そういう場面がたくさんあってそれでうまくいっているかもしれない。
いくらすごい人や自信家でも常に不安があり、それでも誰かに助言してもらいたいと思っているかもしれない。周りに自分のブレーキを掛けてくれる人がいれば、その人の方向性を見失わないで前へ進んでいくと思う。助言してくれる人は相当心に余裕がある人でないと言えないかもしれないが、恋人が、もし自分が爆走しても常にブレーキを掛けてくれる人だったら最高なパートナーである。そうやって心のブレーキを掛けてくれる人も恋愛偏差値の高い人である。
友達の恋愛も参考に 人間関係の中でも知り合いが誰かと恋愛して自分がその相談を受けたりするよね。もしくは、お互い交際をしている中で相手との交際状況を教えてもらう。そこでお互いに恋愛相談を協力し合うというのもいいことだが、ただ聞き流しているだけではもったいない。誰かが恋愛をしていて自分は特に恋愛はしていない状態で、恋愛をしていない側が恋愛をしている人の恋愛話を聞くと、ほとんどが受け身になってしまうよね。相談をしてきても自分には恋愛経験がないからアドバイスはできない。結局は見守っているということしかできなくなっている。まぁ、それはそれでいいのだけど。
では、自分がいざ恋愛をしたときにもし自分も仲間の別れ恋愛パターンと同じになってしまったらどうであろうか。それはすごくもったいないことかもしれない。なぜならば、自分の仲間が同じ恋愛パターンをして失敗しているからだ。もしかしたら仲間の中に現実であった恋愛パターンを理解し、自分のものにしていれば自分も仲間と同じ失敗をしないかもしれない。だから自分がある状況に陥った時、自分では経験していなくても仲間が経験しているかもしれないのだ。そこで自分が気づくのである。ここでこうしたから友達は別れたんだと。そしたら違うやり方で対応しないと別れのパターンになってしまうと。
別れのパターンもたくさんある。友達の誰かはその中のある原因で別れたのだろう。個人的内面なことだったら参考にはならないが、行動により何とかなりそうなことだったら参考にすることができる。浮気でもそうである。浮気という行動によって別れの原因を作った。けんかした後の対処もそうである。素直に謝ったか、謝っていないか。それだけでも別れの原因になることがある。そういうことだったら人の恋愛でも自分の恋愛でも、もしその状況が自分のところにやってきたら方法は同じである。それぞれの個性はあるが外面的には同じである。
今は自分が恋愛をしていない時、仲間が恋愛をして順調にいっている場合でも別れそうな場合でも、ただ聞き流すのではなくどこかで自分が恋愛をしたときに仲間の恋愛経験が自分に生かせるように友達の恋愛を参考にしておこう。そうしておけばもし何かあったときに役立つかもしれない。初恋で最初はどうしていいかわからなくても、人の恋愛パターンを知っているだけで案外うまくいくかもしれない。
2005/4/24 (Sun)
カラオケ必勝法!〜‘チャラ男を黙らせよ” 皆さん、カラオケはするよね。カラオケがきっかけで恋愛につながる人もいるよね。しかし、ここではカラオケで歌う、違ったやり方をここで記そう。
カラオケがうまい=(イコール)歌がうまいではないことは皆さんも知っているよね。カラオケの得点表というものがあるが、あれももし本人が歌ったとしても100点が出るわけではない。だから得点は歌のうまさとは比例していない。カラオケがうまいと歌がうまいのは全く別物である。最近のカラオケにはいろいろな機能がついておりへたくそでもうまく歌えたりする。ふつうに歌うということがなかなかしにくくなってきている。
以上のことを踏まえて本題に入ろう。「なんであいつ、カラオケの点数が高いの?歌がうまいのか?」と思う人がいるであろう。それで自分の狙っていた女を取られたなんてことはないか。本当に歌がうまいのなら別だが、チャラ男はまず女と遊ぶ道具としてカラオケをする。ここでうまく歌って彼女をGETしようと考えている。点数が高いと調子を乗る。それでオレ、歌手デビューできるかななんて言ったりする。世の中そんなには甘くない。だからチャラ男は本当にわかっているのかわからないけど普段のときは絶対に鼻歌をしない。カラオケと実際の歌唱力は違うから。じゃあ本当にチャラ男と歌のうまさで勝負したいと思うならその勝負をカラオケで真剣勝負することができる。では、そのチャラ男のプライドを傷つけてしまおう。
ある歌手がレコーディングをするときあのカラオケ状態の機能でレコーディングをしているであろうか。していないであろう。だからまずそのレコーディングと同じ状態にしてしまう。
第一に、カラオケのマイク音量は声が小さくても、裏声を使ってもうまく出るようになっている。実は言うともともとの音量が高いだけだけど。だからマイクの音量をもともと自分の声と比例するぐらいに合わせる。第二に、エコーというのはいらない。あれはカラオケのための道具である。三つ目は点数もいらない。あれもカラオケのうまさの点数だから。本当の歌のうまさには関係ない。あと伴奏の音もうるさい。テレビの歌番組の伴奏もカラオケみたいにすごくうるさくない。
これらのことを最初に設定してしまえば、チャラ男もそのまま歌うだろう。もし、音量を変えてきてもうるさいと言えばいい。実際、これで歌ってみるとどうなるであろうか。
歌はまず声が重要である。普段のカラオケは地声でもうまく聞こえるようになっている。ところが、出る声がそのまま出るように音量をおさえてあるから裏声もそのまま出てしまう。全体的に音に的を抑えているので普段激しかったものでも激しくならない。自分で激しくしなくてはならなくなりつい大声になって音程をはずしてしまう。後、表現力もないとうまく聞こえない。感情だけで歌っている人には全然ダメである。これでもしあなたがプロのレコーディングするとしたらそのままの感じで歌うようになるだろう。
もう一つは、歌がうまいというよりモノマネに聞こえてしまう時がある。これは歌のうまさについて本当に知っている人なら、歌がうまいのではなくその曲の歌っている本人のモノマネをしているということがすぐにわかる。これは同じ歌手の歌しか歌っていない人が他の歌手の歌を歌わさせるとすぐにわかる。それは一つの歌手の歌がうまいということではなくて、その歌っている人のモノマネがうまいということになる。それでも本当に歌がうまいのかモノマネがうまいのかわからなくなってくる部分もある。自分の形を持って安定して歌っている人が歌のうまい人だ。
こうなれば勝負ありでしょ。点数なくても聞けばどちらかうまいかわかる。歌には自信があるが、カラオケには自信がないという人には一度試してみたら。今回はチャラ男を題材にしたが女の人でも使えるであろう。そしてもしチャラ男の本心を聞きたかったらこの方法をやってみよう。そしてチャラ男のプライドを傷つけてしまおう。
実際、バンドだってライブだって生の音からやっていると思う。ある程度、皆が聞こえるために工夫がされていると思うが、自分の技量をごまかすためにやってはいないと思う。やっていたら詐欺だが。人気商売なので発覚したら売れなくなるだろう。
今でも歌手を目指すオーディション番組はある。そこに審査する音楽プロデューサーの人も、素人に歌手を目指すなら今度からカラオケでエコーなしにして歌えとアドバイスする。歌っているのがモノマネになっているかどうかも音楽プロデューサーはすぐにわかる。だから音楽プロデューサーが素人の歌を聞いた時、最初はうまいというより、モノマネ???という感覚の方が大きい。そこで自分の表現が出ず、モノマネで終わってしまうとダメということになる。やっぱりカラオケ道具で何か工夫をしているようでは本当の実力とは言えない。
恋愛によるカラオケについて付け加えておくが、高校生にもなって歌が歌えないのは恋愛偏差値において論外である。カラオケもできないのは人間関係上きついし人間幅を狭くしてしまう。カラオケなしでも恋愛はできるが、同情恋愛にしか見えない。結婚して結婚パーディーで歌を歌うとき、歌えませんなんて言えない。一つぐらい持ち歌は持っておこう。
パーフェクト顔でなくても 、2番手からトップへ 皆さんもやはり、かっこいい顔、かわいい顔、モテモテになれる顔の方がいいよね。でもそれは最初から本当にかっこいい、かわいい顔でないと周りの評価はしてくれない。そしてどこかで順位付けをされてしまうと何か差があるように思われてしまう。ここでは恋愛偏差値55〜60ぐらいの人がどうすれば目立つのか書くことにする。
そのかっこいい、かわいいというのは時代の流れもそうだが、芸能人の顔を基準にして評価されていることが多い。しかし全部が全部、芸能人になるわけでもないし、いろいろな生き方がある。そしていろいろな方向に進んで生きていくのである。でもいい顔をしているならその顔を崩したくないよね。
すごくかっこいい、かわいい顔ではなく、ある程度いい顔を持っていて自分の生きているある環境や業種、世界で能力を発揮すると何かと注目される。ある時には、○○界のプリンスやある芸能人の誰かに似ていると○○界の〜と言われることがある。そう言われるといくら自分が芸能人でなくても、仕事+仕事以外のところでも評価されているような気がする。それで注目され自分の能力がもっとUPしたらいいことではないか。
スポーツ界でもそういうことが起きている。スケート界に新たな旋風が起きているが、特に4回転ジャンプをする人にはなぜか演技だけではなく、顔やスタイルまで注目されている。わたくしもあの人については完全にパーフェクトなかわいい顔ではないと思うが、クラスでは1番を取れるような顔を持っていると思う。野球界でも活躍している人の中で野球界のキムタクと言われている人がいる。
将棋の世界になると顔のイメージはなんとなくいいイメージでない。だから将棋をする人はかっこよくないというイメージが強い。そして将棋ということ自体がいいイメージとしてついていないことがある。わたくしは将棋界のことも視野を持っているのでプロ棋士の顔はほとんど知っている。実力棋士の中にもすごくかっこいいわけではないが、将棋界の○○(芸能人)といいたくなる人がいる。実際に言われているかどうかは分からないが、十分それはいいのではないかと思っている。
それぞれの業種や環境でもやはり第一印象として顔というのが注目されてしまう。顔だけでもその業種のイメージが作られてしまうことがある。たとえいくらすごいことをしていても外見のイメージによって評価されないことがある。それではもったいない。しかし、どこかの業種ですばらしい能力を発揮していて、少しでも顔がかっこよかったり、かわいかったりするとすごく評価をされているように見える。
わたくしには一つ疑問がある。前にも書いたが、なぜかっこよくない人がパーフェクトにすばらしいことをしていても+aの評価はされず、かっこいい人がすばらしい能力を発揮すると能力+aの評価をしてくれるのか。では逆にかっこいい、かわいい人がある能力を少しでも発揮すれば、パーフェクトの達成より評価価値が高いのではないか。そしたらもとからカッコイイ、かわいい人が少しでも能力を発揮し、結果的に周りが能力+aの評価をしてくれるのであれば、そちらの方がよかったりするのではないか。それで後々全体が成長するようになればそれでいいのではないか。ただの実力NO1と実力はNO3でも人気(将来性)NO1ではどちらがいいのか。これは価値観の問題かもしれないが、現状維持なら前者の方がいいが、未来を見るなら後者の方が今後伸びる可能性のほうがあるのではないか。現在の即戦力というより、将来少し賭けに出たい場合、後者の方がいいような気がする。
だから自分がすごくパーフェクトな顔を持っていなくてもある程度のかっこよさ、かわいさを持っているなら、自分が活動している中でのトップのかっこいい、かわいい顔を目指してみるのもいいのではないか。ついつい自分と芸能人等を比較して自分の顔は変と思う人もいると思うが、自分の活動場所で能力を発揮し成功すれば、他のところから能力のことではなく、いい方向に誰かが引っ張ってくれるのではないか。そして新たな出会いというのも出てくるかもしれない。これから自分の志望を目指す人も、全体ではたいした顔を持っていないが、自分の飛び込む世界の中では顔でトップを取ってやると思ってもいいのではないか。そうすれば上を見て落ち込むことはない。他のところにも書いたようにかわいいければ誰かが評価してくれるのだから。 2005/4/15 (Fri)
環境が違うと顔つきも変わる T 似ているタイプの顔が2人がいたとして、今までは同じ生活をしていたとしても、休みや卒業等で数ヶ月間違う生活に変わったときに、全く違う顔つき、目つきになってしまう。それはどういうことか。
例えば、モー娘の場合もし個々がデビューしていなかったら今と同じ顔になっているであろうか。デビュー時もかわいいと言われどんどん成長していくのは見てのとおりである。デビューしないで普通の生活していたらおそらく全く違う顔になっているだろう。それはすべての生活が違うと言ってしまったらそうなのであるが、ここでは中身の話をしよう。
一つ目は、目で見る周りのものが違うということだ。見るものによって刺激を受けたり、勉強になったりする。そこで自分は何をしなくてはならないのか判断できるのである。二つ目は、人間関係である。モー娘の場合、プロデューサーが個々の発揮ができるようにいろいろな特徴を言ってくれる。しかも相手はそういうことに関してはプロなので間違ったことは言っていない。そのことによって顔も成長していくのである。では、デビューしないとこの話は通用しないのか。そうではない。モー娘話は特別である。そしたらどうすればいいのか。
今は、メディアやマスコミが多いので、もし自分のタイプと同じ芸能人がいてあんな風になりたいなと思ったのなら、雑誌やテレビをよく見て研究しよう。それで自分の顔に自信がつけばそれでいいと思う。生活が違っても取り入れられるものはすべて取り入れれば、自分なりの表現が完成すると思う。モー娘以外のLove論もこのサイトに書いてある。普通の生活だとそのまま評価してくれる人はいないが、逆に批評する人はいる。そこにすこしハンディキャップがあるのだが。「あいつは○○を意識してる。」何て言われても気にすることはない。理由は後に詳しく書いてあるが(地元主義)、間違っていないことをしていればそれでいいのである。でも恋愛偏差値の高い人はすぐわかる。顔の変化には敏感である。
実生活の話に戻そう。高校生になって久しぶりに同級生に会ったら今までと全く違う顔つきになったって人を見たことないか。特に学区外へ行った人に傾向が強い。それは生活が変わって視野が広がったのである(地元主義の脱出)。もしくは、そこの学校に行って目標を達成してるか。別に間違っているわけではない。不良になって顔つきが変わっていたら間違いだ。中学のとき自分よりかっこよくなかった(かわいくなかった)のにどうして?と思うこともあろう。高校を出て都会に行った人にもありえる話である。
中学では同じ能力で競争しあっていたが、お互い違う高校に行って久しぶりに会ったらどちらかが全く違っていたということもある。それは環境によって力が発揮できたのか、そういう環境でなかったのかによってわかる。それはやはり発揮できなかった方の選択ミスである。あいつができたのなら自分もできたと思うであろう。
同窓会に行ったらかわいかったあの子がブスになっていたということはないか。それはかわいいなりの生活をしていなかったと言うことである。地元主義だったら刺激もない。逆にブスだったのがかわいくなっているというものもある。と言っても10点だったのが40点になったというだけだけど。これも卒業をしてどのような生活をしたかによって変わるものである。同窓会による再会はあまり期待しないほうがよい。くわしくは後に書いてあるが、ほとんどが地元主義で顔つきが死んでいて成長していない人ばかりである。そういう人は小学校のときがピークだったということだ。
双子でも同じことが言えるのではないか。最初はそっくりだったかもしれないけど、生活が変わっていくと大人になって全然双子の面影がないような感じになってしまうことがある。
いくら顔つきが良くなってもある目標を失ったりして何もしないでいるとすぐに顔つきが元に戻ってしまう。やはり毎日自分の顔を見て暮らすのがいいのである。
恋愛偏差値の高い人はある二人が似たような顔をしていても、目つきによって相手の生活がどのような生活をしているのかわかるのである。顔が悪いからといって整形しようとする人がいるが、そうではなくまず自分の生活によって顔つきを変えることからはじめよう。メガネをかけている人もメガネをはずした状態もチェックしよう。メガネをはずしたら全然違う顔に見えてマイナスにもたれてしまうこともある。メガネをかけて自信顔だったのが、自信なさそうな顔の見えてしまうかもしれない。化粧に頼っている人もなるべくスッピンで勝負できる顔つきにしよう。これもメガネと同じで化粧を取ったら別人のようだったなんてマイナスイメージを持たれるかもしれない。それをみきわけていい恋愛選択をすることによって恋愛偏差値を高めていくのである。そして誰にも負けない顔を作っていくことが重要である。
仲の良さと距離はOKだけど、、、 これは、友達以上恋人未満ということに近いが、恋愛偏差値上その用語は存在しない。ここではそうなる人はどういう人か恋愛偏差値的に書いていく。
こういう例がある。仲のいい異性友達が友達外の誰かを好きになって告白したがあまりうまくはいってない。そういうときの異性友達はどういう反応をするか。
前にも述べたように、あいつを好きになるなら俺を好きになれ。チャラ男だとそういうだろう。しかし、そういう男というのは恋愛としては対象外となるものを元々持っている。だから仲のいい友達と言えるのだが。その友達が異性友達の好きな人と自分の距離を考えたとき、絶対に自分の方が有利だと思っている。仲もいいし、毎日一緒にいるし、連絡も取り合っている。あっちは特に接点もないし距離も遠い。そう思っているだろう。これも友達、恋愛を混ぜた逆三角関係が成立したりする。
やはり相手から見て恋愛対象外というものを持ってる以上、いくらアプローチしてもダメなのである。つねにそういう人もいる。どの環境いっても異性と仲良くでき、毎日が楽しい。ところが恋愛に関してはまったくのゼロである。やはりそういう人は恋愛がしづらいというものも持っているし、成長すると友達=恋愛ができると勘違いしている人もいる。
異性の友達はたくさんいるが、恋愛はできないという人。そういう人は恋愛に関しては何か悪となるものを持っている。そこを克服しないといくら異性の友達ができても友達止まりになる。恋愛偏差値が高い人から見れば、恋愛対象者にされている人の中にそういう人がいると逆の意味で邪魔になってしまうのだけど。だって理想恋愛したいのに理想恋愛ができなくなるおそれがあるのだから。逆に、恋愛偏差値が高い人で異性の人と仲がよかったら、相手の人間性を理解してくれるので友達から昇格ということもあるだろう。 2004/12/2 (Thu)
隙がある人、壁を作る人 隙がある人、壁を作っている人といわれる人がいるが、恋愛偏差値的にはどうか。これはいい意味としても取れるし、悪い意味としても取れる。ではどういうことなのか。
隙があるというのは、どこかで声がかけやすいとか、接しやすいということだ。隙間がある人はモテるという人もいるが、これを意識的にやっている人と性格的にそうなっている人とそれぞれである。しかし、悪い方向としてみると隙のある女だったら、男から見ると話し掛けやすいということでナンパがしやすい、そして扱いやすいということになってしまう。つまり、自分より弱い女と見られてしまう。そうなると廻されやすい、男の言いなりにしやすいということになってしまう。だからモテると言うことにも取れる。
隙を作らないためにと壁を作り出す人もいる。ただ、壁を作ると周りからも話し掛けづらくなったりする。しかし、壁を意識的につくるといい。嫌いなタイプや自分と合わないような人がいたら、自ら壁を作って自分を守ることができる。そして自分のいいときは隙を見せ、話し掛けやすいように自分を作る。
人間それぞれ自分に合うタイプと合わないタイプがあると思う。恋愛においてだと、自分が好まれたいタイプ、好まれたくないタイプがあると思う。やはりいくらモテても自分のタイプではない人にモテても意味が無い。自分のタイプの人がいるのにタイプではない人に邪魔されてなかなか距離が縮まない時もある。そういうときにうまく壁を作って、そして隙を作っていくと邪魔者は排除できる。恋愛偏差値の高い人だとそれがうまくコントロールできている。
うまく壁を使ったり、隙を作ったりするには場所を選んで使うといい。ある場所では壁を作り、ある場所では隙を作る。または相手の能力によってあの人では行かない場所、活動時間ではない時間帯を考えていけばいいと思う。もし、嫌いなタイプに付きまとわれていて困っているという場合、その人の行かないような場所に行くとか、その人が活動しない時間帯に動くとかいろいろ回避方があると思う。それでも付きまとわれたらストーカーだが。
このサイトのいい具体例だったら悪いタイプとしてチャラ人間、地元主義が一番当てはまっている。地元主義解説地元主義だったらまず遠くに行けば付いてくることはない。逆勘違いだらけのところにいてもしょうがない。力をつけて上京したりすれば、地元主義は着いて来ない。力が無いから地元主義なのだが、邪魔されることは無く、正しいところで自分の力を発揮すればいいのではないか。チャラ人間でもまじめそうなイメージの場所に行けばついては来ない。ここでは前に書いた実力主義のところにも当てはまる。恋愛偏差値用語編
やはり自分のレベルを上げるためにも壁を作ることも重要である。そしてうまく相手に隙を見せ、自分の理想に向かって行くことができるならそれでいいのではないか。そして恋愛偏差値上昇にも重要なことである。
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