| 文章について指摘されることがあるが、これは小、中学生から内容が難しいと言われている事と、直接アドバイスとして話し掛けてる雰囲気を味わってもらいため、わざと口語言葉を入れながら書いている部分があります。ご了承ください。 |
アドバイスV
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学校編
あなたのトークはお笑いタイプ?知識タイプ? U Tのほうではトークのお笑いトークと知識トークの使い分けを中心に書いていった。ここではそれぞれのトークを最初の話からどう広げていき、同時に相手はどういう人なのかと判断していく方法を書いていこうと思う。
普通の生活の中でのトークというのは基本的に、最初に話し始めた話題から自分の事や世の中で起こっているいろいろな出来事へとつながっていく。そこでうまくギャグを言ったり、自分の主張を述べたりする。そのギャグや主張の中から自分の存在感みたいなものが表現され相手に伝わっていく。相手側も相手が持っている興味関心よってその表現がプラスかマイナスかで変換されている。恋愛でいうと好きになるか嫌いになるかということだ。
恋愛偏差値の高い人は、例えば相手がある社会問題について話をすると、その話の主張とは別に、相手のイメージとして、その話ができるのであれば他のその話に関連する話もできるであろうと連想する。話の中で連想ができるということは、コニュニケーション能力がとても高く、頭がいいということである。お笑いギャグだとしても、あるテレビ番組で流行っている一発ギャグや芸をトークの中にうまく入れて笑いを取ろうとしたら、その今言ったギャグがおもしろい面白くないとは別に、そのテレビ番組を知っている(見ている)と連想する。知的なことだったらあの人は○○新聞を毎日読んでいる人だなと見当は付く。逆に自分が何かのギャグを言って相手に通じなかったら、そのギャグが分からない、あのTV番組も見ていないのだろうなと連想するのである。
ファッションでもあのファッションをしていれば、あの人は○○雑誌を読んでいるなとか、あれほどかわいいファッションをしているならモテるなとか外見だけでも相手の知識がどれほどなのか判断できる。案外ある一つの事柄が表現されているのであれば、そこに行き着くまでにその事柄とは関係ない知識までもが頭の中に入っているはず。だからあるファッションをしているからといって何も知らないということはない。その分の知識に反応できる人は優秀な人だと思ってもよい。知らない人は馬鹿の一つ覚え状態であり外見だけでの表現で事を収めようとしている人だ。
その連想をする前に自己紹介の段階で相手がどういう人なのかはわかる。そのステータスからさらに連想していくことにより、相手が本当に優秀な人間なのかどうかがわかる。例えば、すごく真面目な人であまり流行的なことも関心がないのかなと思ったら、すごく流行に敏感だったとか。すごくきれいなスタイルをしているなと思っていたら、その人はある名門大学の人だったとか。そういう場合、頭もいいプラスファッションのこともよくわかっているということになる。そうなってくると天才ということになるのだけれど。
結論は、相手が発する表現から今話されたトークの内容とは別にトークに関連するものであるなら他の知識も持っているのだろうと判断できるということ。そして相手がある表現をする過程として、その過程の中に関連する他の知識もきちんと理解されているという判断ができるということ。表現をすることによって1つの自分を伝えるだけではなく、5、10の自分を相手に伝えているのである。トークの中から話されたトークの知識だけではなく、そのトークに関連する事柄もあわせ、相手のイメージをより広く理解していける人が恋愛偏差値の高い人だ。
くわしく説明はこちら→ アドバイス解説図
2008/5/12 (Sat)
料理ができる人はモテるのか? よく男性で料理ができる人はモテるということが言われている。そしたら料理人はモテるのかというとそういうイメージみたいなものはあまり感じない。では、どういう意味で有効的な話になっているのか。
これはただ料理ができることより、料理ができる=家庭的な人というイメージを持つ人がいるだろう。家庭的ということは他人にも子供にも優しく、何でもやってくれそうなイメージになる。いわゆる家事ができるということにつながっているのではないか。よって女性にとって料理というのが身近に感じる部分でもある。女性が料理をするというのは当たり前みたいな感じになっているが、男女ともに実際に手料理を振舞うということになると、ほとんどが交際してからの話になると思う。
では、合コン等で男性の人が、「趣味は料理を作ることです。」と言ったら女性のポイントは高いのか。今その場で料理ができる環境であるのなら、その腕を振る舞い成功すれば人気者になると思う。だが、普通の状態だと履歴書にすばらしい資格が書いてあるのと同じ感覚だと思う。
1人暮らしをしている男性はどうだろうか。1人暮らしだと料理も家事もできるのかと思うが、ほとんどが外食で洗濯等も適当で部屋が汚かったらたいしたことないやつと思われるだろう。
料理は女性が身近に感じるものだから、料理話をきっかけに広がっていい関係とすすんでいくかもしれない。その身近に感じるということから、[料理ができる→力持ちで優しそうな人]というイメージもついてくるのではないか。そういう意味でモテる要素の一つであるかもしれない。 2008/12/13 (Wed)
恋人がいるように見えても よく、最初のイメージや雰囲気であの人絶対に恋人いる感じを受けたり、絶対に恋愛に興味がなさそうと思っていたらいい恋愛をしていたり。なぜか食い違っているところがある人がいるよね。これはどういうことなのか。
一つに、地元主義の所でも書いたが、クラス1にかわいい、かっこいいからといってモテるわけではない。そしていくら恋愛能力が高くても絶対に恋人がいるとは限らないと説明したよね。これは実力以外でこの中の周りの環境が合わなかったり、たまたま自分の好みがいなかったり、いろいろなことがある。
もう一つは、今の自分の生活と恋愛をできるという状況が合っていないときがある。例えば、遊ぶ暇がなく、仕事でも朝が早く夜も遅く帰ってくる。そして土日も休む暇もない状態で生活している。そうだとすると人と接することがあっても、プライベートで接することができない。これではいくら恋愛能力が高くても恋愛を展開することはなかなかできないことがある。
芸能人やスポーツ有名人になると、毎日ファンにサインをしてモテてそうに見えるが、実際はずっと独身でいたりする。これも人と接する機会があったり、出会いがあったりしたとしても仕事の関係でなかなか会うことができなかったり、交際をしたとしても状況により展開がうまくいかないこともあって、人気があったとしても生涯独身の人もいる。
部活動でもそうである。いくらかっこよくても厳しいところになると異性との交流禁止とかいって部活以外何もできない状態になっているところもある。そんなことをしているから大学へ行って事件を起こしてしまうのだが。
結論を言うと、とりあえず外見で判断して恋人がいる、いないと判断しても一致していない部分が多い。それはその人の能力は別としてたまたまその環境の中にはまっておらず、もともとの生きている流れが恋愛をするような流れではないからそうなっていることが多い。逆にいないと思っていて実際にはいたということに関しては、たまたまそれが生きている流れに出会いがあったり、実は運命だったりしている。実際人間どうなっていくか分からない。力があっても夢に届かない人もいれば、うまくやっていく人もいる。今回のテーマは外見イメージから入っているので、自分が気になる人に今回のようなイメージを持っていたらあくまでもイメージなのでそこで断念するのではなく、実際に直接聞くなり行動を起こしてみよう。もしかしたら相手は恋人募集中かもしれない。人それぞれいろいろとあるので実行してみたいときは実行してみよう。
恋愛とマネること 皆さん、芸能人やスポーツ選手を見て、好きになって、憧れて、その人のファッションをしてマネたり、スポーツの動作のマネをしたことは無いか。野球だとバットの振り方とかサッカーだとドリブルの仕方や蹴り方。いろいろお手本にしてマネしたと思う。
恋愛においても当てはまると思う。好きな人の同じ髪型にしたり、ファッションをしたり。片思いだったらその人と同じになりたいと思い、好きな人のマネをしたりするだろう。それは好きな人と同じモノを共有しているという満足感から生まれてくるのもだろう。そういうことをすることによって自分が成長するのならそれでいいだろう。恋愛偏差値もUPする。
中、高校生なるといろいろなものを取り入れるようになり、誰かにあこがれたりしてその人のしぐさやファションを真似するようになる。その時、地元主義はあいつ、○○を意識しているのだぜなんていう。地元主義のことは他のところで書いてあるが、誰かをお手本にしてマネるのはいいことである。そこから完全なパクりと思われないように自分でアレンジしていくのである。だから最初はマネでいいが、それをベースとするようにして自分のものにしていくことが自分の成長につながる。でも地元主義はいつまでもマネだと思っている。
若手芸人を見たとき、年配の人から見るとあれは昔の○○をただ真似ているだけではないかと思う。最初はそう見えるかもしれないが、次第にそこから自分の色を出していけばマネからベースとなる。
最初から天才なんていない。本当に自分で新しいものを作り出せるならそれでいいのだが、そううまくは思いつかない。やはりいろいろと成功している人を取り入れて自分に合うかどうか。そして自分なりに表現した時に満足すればどんどん次に取り組んでいけばいい。恋愛だって片思いでもその人と同じ事をすることによって満足できるならそれでいい。誰かのマネをしてそれがベースになって自分を表現できるようになり、恋愛もできるようになれば恋愛偏差値もUPするだろう。
趣味と恋愛 恋愛において趣味は重要という人がいるよね。しかし、趣味というものにいいとか悪いとかはない。最初から悪いことをしている趣味だったらダメだけど。では趣味は恋愛においてどのようなことになるのか。
よくお互い同じ趣味で交際がうまくいっているということは聞くよね。それはとてもよいことだ。しかし、その逆のパターンもある。そういう時はやはりつらい。特に突然の出会いから結ばれると元々の生活がわからないから、趣味というのもわからないことがある。お互いの趣味を見せ合っていっしょにやるようになったり、影響を受けたりするのはいいことだが、それでも興味がないという人もいる。
自分はこういう趣味しか持っていないから、自分はモテないと言う人がいる。しかし、誰かが絶対に同じ趣味を持っている人はいると思う。日本で自分しかこの趣味しか持っていないというのはない。本当に趣味をしながら恋をしたいならその趣味を認めてくれるような人に出会うまで恋を探せばいいし、そんなに趣味のせいで恋愛にコンプレックスを持つなら趣味をやめればいい。
趣味で恋愛をしたいならば、同じ趣味を持てそうなものをやればいい。男と女が同じ趣味として活動できるものはたくさんある。スポーツだったらテニス、バドミントン、卓球。室内競技だったら一緒にやれるスポーツは多い。室外でもたくさんある。そういう誰でもやりそうなスポーツを選んで趣味にしていくのもいい。スポーツに限らず、他のものにもたくさんある。ドライブだっていい。お互いドライブが好きで車の話をしながら、毎回車でデートドライブをすればよいのではないか。
それでよくスポーツをやっている人はモテるということを言う人がいるが、ただスポーツをやっているからといって絶対モテるとは限らない。やはりスポーツ技術もあるが、人間性ということも恋愛に結びつくカギである。ただこういうのはきっかけとして結ばれていくものである。だからスポーツをやっているからモテるではなく、たまたま目立っているからきっかけとしてスポーツをやっている姿を見て判断したということだ。これはスポーツ以外でもあてはまる。
結論は、趣味の一致で恋愛がしたいなら、同じ趣味になるような人を探していけばいい。趣味の一致なんてどうでもいいのなら、趣味を捨ててどんどん恋をしていけばいい。どちらも自分から視野を広げていけば、必ずいい人は現れる。ただ、ここでいけないのは趣味のせいで恋愛に消極的になることだ。
恋愛偏差値によるファッションと世間の目 恋愛偏差値を上昇させるためにはファッションも大事だが、全員の人がそのファッションを認めてくれるとは限らない。ファッションに関しては他のところにも書いてあるように、今ではいろいろな服やファッショングッズが出回っている。ところがかっこいいファッションをするためにそれをつけているだけでも世間の目が厳しくなることがある。
一番基本的な例でいうと茶髪をはじめとした髪の毛の脱色。パーマ等でも同じ事だが、その髪型でいるだけでもバイトの面接を断られ、低い評価をされることがある。ある程度のマナーはあると思うが、外見に関しては人間性とは比例していない。
その中、世間で一番マイナスイメージを持たれているのは渋谷にいるギャルファッションだろう。実際にその人たちの能力を見ると、何言っているかわからない、字は書けない、汚い、人間の基礎自体もできていない人が多い。それではいつまでたっても世間は認めてくれない。というより、自分達で世間から壁を作っていると言うべきか。自分で力をつけていないくせに自分のことだけで、それで自分は間違っていないという。勝手に世の中や人のせいにする。それでは一生誰も自分を認めてくれない。
それでもこのファッションが自分のすべてだという人はいると思う。そのファッションで自分が最大限に力を発揮できるのであればそれはいいことである。いちいち人に合わせて姿を変えるのはそれこそ個性というのがなくなるのではないか。そこが矛盾している部分もある。でもこのままでは世間は認めてくれない。ではどうすればいいのか。
まずは、好きなファッションをしながら世間が認めてくれる、自分のできることをこなすことが重要である。もともとの世間が認めてくれる力を身につけておけば、誰も文句は言わない。世間はファッションを好む人を低いイメージにしか捕らえていない。だから外見だけであの人はバカだとか、人間のクズだと思っている。それを見返させるために自分のやれるべきことをすることだ。
一般的に世間が認めてくれるのはまず学歴である。だから高校生だったら勉強して大学へ行くことや、優秀な成績を取ることがあなたの目の前にある、自分のできることである。それをしないでファッションだけで突っ走っていっても、認めてくれるのはごく一部友達等だけで親をはじめほとんどが外見でマイナスイメージを持つだろう。いくら自分がすばらしい人だと言っても認めてはくれないだろう。ある派手なファッションをして親にも反対されている人もいるだろう。やはり親がそのファッションを認めてくれるには、大学まで行って素晴らしい人間に成長すれば親は文句を言わないと思う。わたくしもこの自分の考えで世間に認められる力をつけたらという思いで子供の頃から日々努力をしている。おかげでこのホームページを作り、恋愛革命を起こそうとしているのだが。
もし本当にそのファッションで生きていきたいと言うのであれば、自分の都合だけでなく、世間の都合も入れていかないと本当に認めてはくれない。ギャル文字を流行らせるために立ち上がったギャルがいるが、自分のことばかりで世間による社会というのを完全に無視をしている。なので本当に日本人全員が認めてくれるとはいかないと思う。すごく応援はしてあげたいが、おそらく発展することはないだろう。本当に日本全国の全部の人に流行らせたいなら、大学へ行き日本の経済やマーケット市場について勉強し、人間層というのを勉強していかないと一生今までギャル文字を愛用している中高生のごく一部の人しか受け入れられていかないだろう。どうせ自分の親にあたる世代の人は勝手にやっていてくださいということになるだろう。それでは開拓の意味がない。ただの一時的なネタで終わるだけである。日本全体のマーケット市場や経済の動向がわからないのだから。皆さんも本当にそのファッションが好きでずっとそういう格好していたいのなら、世間に認められる実力をつけて自分がわがままにできる、そして自分が革命を起こすぐらいの気持ちで力をつけていってください。そうすることにより、どこでも住みやすい環境を作っていきましょう。
外見が変わっても 今回は恋愛とは直接関係ないのだが、人間性としてこういう人は恋愛偏差値は低い人だという話。それはもし何かに追い込まれた時、もしくは何かを決められて外見を変える時。そんな事をしたからといって何になるんだということ。どういうことか。
特にある例が、ひとつは争いごとで指導者などに「おまえやばいよ、このままいくと使えないよ、何か変わらないと。」みたいなこといわれて次の日に頭を丸めてくる人、短くする人。それは髪を短くすることで気持ちを変えるということなのだが、実際のところ何も変わっていない。本当にそこがトップの世界であると、そんなこと言われて髪を短くしたから、逆に何なんだと言われる。そう別に髪を短くしたからと言って何か変わったわけでもない。髪形が変われば内面も変わるのか。争い事ではそうではない。ではそんなことをしたら次は使ってくれるのか。高いレベルの中だとそうではない。だから追い込まれたからといって髪形を変えたりするのは意味が無い。逆に指導者の方が外見を変えろと言うようなことを言う方もおかしい。
もう一つは、常に遊びの中のゲームなどに賭け事や罰ゲームをつける人。そうやっている人でも成功者はいるが、人間性としては良くない。負けたら罰ゲームで坊主とか。子供の遊びでもそういうギャンブル的なことをしないと本気になれないというのはおかしい。スポーツでも遊びでも普通に何でも真剣にできることが一番いい。それがスポーツマンシップだったりする。常にそういうことを提案する人は恋愛偏差値も低いのである。
学校教育でもそういう部分がある。たとえば、校則だったり部活の伝統。考えてみると学校生活は人生の通過点に過ぎない。その中につまらない外見による決め付けがあるなんておかしい。特に野球部の坊主。恋愛と野球部の関係は前に詳しく書いてあるが、結局プロにもならないのに趣味程度にやっているのに外見による規律が厳しい。茶髪禁止、マユ毛のそりこみ禁止それをしてると試合に出さないみたいな。最近、巨人軍がやっているホームラン打った後にベンチでやるハッスル、ハッスル。あれを夏の地区予選で高校球児がやったら高校野球連盟からクレームがついた。別にいいではないかと思う。ほとんどの人が思いでつくりでやっているのだからそれで思い出になるのならいいと思う。その割には外野を守る時、眩しいからサングラスをかけて守備をする人がいた。長髪はダメだけどサングラスはいいのかよといいたくなる。何かをすることによってプレーに勢いがつくなら別にやってもいいと思う。そんなことまで規制するから野球部はモテないのである。
結論は、何かがあって外面が変わっても何も意味が無い。「脱」をするときも同じことが言える。そして意味も無く外面のことばっかり言う人も恋愛偏差値の低い人。外見を変えたからといってそうではないとそのことはできないのか。野球でもなんでもそうではないだろう。元々の場に合っていないというものはあるが、それは違う意味になってしまうのでここでは説明しない。何をやるにしてもスタイルは何だっていいだろうということ。モー娘だってファッションに規制をしていたら売れなかったであろう。逆に個性重視にしていたから売れたのだけど。そしてそれで何かされたからといって変える必要もない。それでその人がベストな結果を出せばそれでいいのである。
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